第17話 前へ

関係者席に座ると、5000人の観客が蠢いているのが見える。

もうタカハシを気にする客なんかいない。


ミズタニはタカハシに付いている訳にはいかない。やはり方々へ挨拶に回っている。

関係者席には有名なバンドマンやシンガーが増えた。

またもやタカハシだけが場違いだ。


大きな空間に大きなざわめきと笑い声が響く。

小日向 陽 が半年振りに歌うのだ。

観客にも期待と不安、緊張が入り混じっている。


チケットは即完だと聞いた。

なんだか、自分だけ良い席で見るのは悪い気がするな。







暗転し、入場SEが流れる。




幕が上がると、アコギを抱えたハルが歌い出す。


想いが過ぎる。過ぎっては蒸発するように消えてゆく。

ブランクなんて微塵も感じさせない。

やはり、この子は天才なんだろう。


遠い。


どうしようもなく遠く感じる。


さっきまで話していたのは一体誰なんだ?


眩しい。


このまま太陽を直視すれば、目が灼けるだろう。


ハルの光でタカハシの影が一層濃くなる。








鳴り止まないアンコールに応えてハルが再びステージに現れる。


「あ・・・・」


ハルがこちらを見て微笑んだ。

一呼吸置くとイントロを弾き始める。


(げ、本当にやるのか・・・・なんか恥ずかしいな)


タカハシの曲だった。

大した曲ではなかったが、ハルにかかればどんな曲も良い曲になる。

元々ギターを適当に弾いて出来た曲だからだろう、ハルの弾き語りスタイルにもマッチしている。


静寂の中にハルの声とギターだけが響く。


オーロラのように神々しく、虹のように儚げだ。


只々、美しかった。






ダブルアンコールは起こらなかった。

みんな同じ気持ちなのだろう。

泣いている観客が多い。





「終わったー!!」


関係者に挨拶を済ませると、タカハシが知っているハルに戻る。


「お疲れ様でした。凄く良かったですよ」


「ありがとうございます。あのー・・・・・」


ミズタニに目をやる。


「わかってるよ。しっかりな」


ミズタニが退室する。その前にタカハシの肩をポンと叩く。






「ナツさん」


「はい」

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