旅路
第15話 時
少し時が流れる。
高校3年生の夏、ハルは大学受験のために音楽活動を休止した。
以前から告知していたことだ。
恐らくAO入試でどこかの有名私立にでも合格するだろう。
タカハシとハルが、渋谷の路上で偶然とも運命ともつかない出会いをしてから、1年ほどが経っていた。
タカハシは無事にプログラマとして就職していた。副業でアプリの開発も行い、人並みの収入を得ていた。
意外かも知れないが、対人折衝も上手かった。作り笑顔はできるし、元々柔和な雰囲気があるのだ。
上流工程も少しずつ任され始める。
ハルとはもう、半年ほど会っていない。仕事を口実に会うのを避けていた。
もう自分のことなど忘れているだろう。ハルのためにも、そう願う。
しかしそう思うと、どうしようもなく胸が苦しくなった。
受験中のハルに会うことはない。
ミズタニとも疎遠になりつつあった。
最後に電話で話した時「時期が来れば連絡します」と言っていた。
タカハシは再び孤独を感じるようになった。
正確に言うと、孤独が苦ではなかったのに、そうではなくなっていた。
タカハシはそれを弱さだと捉えた。
何ヶ月か、孤独も愛も葛藤も、何もかも忘れようと努力した。
毎日を忙しく過ごす。たまにギターを弾いて曲も作った。
それでも、タカハシの奥底にはハルがいる。
また少し、時が流れる。
電話が鳴る。貸与された仕事用のスマホではない。
相変わらず友人のいないタカハシには、電話の主が誰かわかっていた。
「どうも。元気でしたか?ナツさん」
タカハシをこう呼ぶのは決まっている。
「ご無沙汰してます。ミズタニさん」
「えーと、ハルのことなんですけど」
「活動再開します」
予想通り、ハルはAO入試で有名私大に合格した。
ハルはこの1年で人気が急上昇していた。
雑誌は勿論、テレビにも出るようになっていた。
加えて華の大学生活だ。タカハシのことなど考える暇はないだろう。
「おめでとうございます」
タカハシは精一杯の強がりを言った。
「もういいと思うんですよ」
「もういい?」
「いやね。もう大学生なんだし」
「アーティストの意向は尊重してますから」
「ハルと会ってもらえませんか?」
「嫌です」
「そう言うと思いました」
「もしもし、ナツさん?」
「・・・・・・ハルさん?」
「久しぶり」
「あ、ああ。久しぶり」
「会いたいんですけど」
「・・・・・・・僕は会いたくない」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ・・・・」
「そんなの、つまらない話です」
「・・・・・ミズタニさん、口軽いよ」
「ライブやるから来てください」
「・・・・・いつですか?」
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