第14話 不穏

最終的に、タカハシは折れるしかなかった。

自分はいつ死ぬかわからないが、それで女の子を泣かせていい道理はない。





まるで別人と言ってもいいほど、タカハシの心境は変化していた。

少し前まで早く死にたいとばかり思っていたが、そんな想いは欠片もなくなっていた。


「結局のところ、僕も一緒なんだろう。人間だから、孤独は耐えがたい。ラスコーリニコフと一緒だ」


ハルと話していると、心が安らぐ。

ひとりでいる安らぎではない。他人から与えられた安らぎだ。

タカハシの人生でおよそ初めてのものだった。

もう認めるしかない。ハルに惹かれていた。





しかし、同時に劣等感も感じていた。失ったはずの劣等感を。

あの時、ハルのライブを見ている時に芽生えた感情が少しずつ大きくなっていた。


ハルが思い出させた。

タカハシにもひとかけらの、ゴミ同然のプライドが残っていたのだ。


タカハシは、自己嫌悪に陥ることが多くなった。


華々しい世界で、輝かしい活躍をするハルは、どうしようもなく眩しかった。眩しすぎた。

太陽を直接見て、目が潰れてしまいそうなのだ。

まるで吸血鬼が灰になるように、日陰者のタカハシを焼き尽くす。





タカハシはそれなりに恋愛経験がある。結婚をせがまれたことだってある。

「10代の恋心なんてすぐに忘れる」ということもわかっていた。

ましてや人気ミュージシャンと18歳差の無職の中年だ。

アホくさすぎて週刊誌のネタにもならない。





2週間後、仕方がないのでハルのライブへ行く。


「すみません。タカハシと申します」


この台詞はもう何度目だっけ。


「ええ、伺ってます」


大好きなミュージシャンのライブを見るのに、気が重かった。





「ナツさん」


部屋には既にミズタニがいた。


「ハル、喜んでますよ」


やはり、この男はいつも笑顔だ。何がそんなに楽しいんだ?ハルがそうさせているのか?


「何よりです。僕も楽しみですよ」


憂鬱を態度に出すようなタカハシではない。




「なんか、元気ない」


振り向くと、ハルがいた。


(気付くのか・・・・・・・・お前のせいだよ・・・・)


「僕が元気な時なんてありませんよ。いつも通りです」


やはりミズタニは笑う。


ハルはこれからライブなのだ。余計なことは考えて欲しくない。


「ふーん、まあいいけど」


少しためらって続ける。


「今日はお話しできますよね?」




(悲しそうな顔で言うなよ・・・・・)


「ええ勿論。ライブも楽しみです」




ぱあっと笑顔になる。


「それじゃ!また後で!」


やはり、救われる。




「我々も行きましょうか」


ミズタニと共に関係者席へ行く。






もう、ライブの素晴らしさは言うまでもない。

日に日に圧倒的になる。完璧と言ってもいい。


その姿が強烈に劣等感を刺激する。

もう限界だった。






「ミズタニさん・・・・ハルさんは僕のどこが気に入ってるんでしょうか」


陰気な無職の中年に魅力など何一つない。




「ハルだけじゃありません。私も気に入ってますよ。他のスタッフもみんな話してみたいって言ってます」


「いや、初耳ですけど。何でですか?」


「楽しいからです」


「ミズタニさんはいつも楽しそうですけど」


「ははは。そりゃ、こんなにエキサイティングな仕事は他にないですから」


「あの、本気で聞いているんです」


「つまらない話ですよ」


「何がです?」


「ナツさんが悩んでいることです」


「・・・・・・・バレましたか」


「さっきもハルに気を使ったんでしょう?」


「いや、面目ない」


頭を掻きながら下を向いた。


「多分、私もハルも上手く言えませんよ。なんとなく、落ち着くんです」


「落ち着く?」




「気付いてないのはナツさんだけですよ。話してるとホッとします」


「・・・・ハルには申し訳ない気持ちがあるんです。同世代の友達も少ないし、いつも無理ばっかり強いている」


「最近不機嫌になるって言いましたよね、今までは人前で絶対そんな素振り見せなかったんです」


「ナツさんに会ってからですよ。毎日活き活きしてます。怒った所も初めて見せましたよ」


「年の差とか、つまらないこと気にしてるのはナツさんだけですよ」




・・・・・どうやらすべて見透かされている。


「まだ高校生じゃないですか。今からいくらでも出会いなんてあるでしょう」




なんですよ」

「受験だったり就職だったり、最終的には自分で決断しなければならないんですよ。そういう歳なんです」





タカハシは黙ったまま葛藤していた。


(それでも、この劣等感が消えるわけではない)

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