第13話 酷と告

タカハシは焦っていた。勉強が捗らないのだ。



「うーむ、やっぱりケチらずに使うか」

そう思ったが吉日、すぐに申し込み、その日からeラーニングを開始した。


はっきり言って、それ以外のことを考える余裕がなかった。





電話が鳴る。決して忘れていたわけではない。


「・・・・タカハシです」


「ナツさん。もう私の手には負えません」


「僕も忙しいんですけど・・・・・」


あの後、何度かライブに足を運びハルとは会ったが、

また忙しくなって1ヶ月ほど間が空いていた。

どうやらハルの我慢は1ヶ月が限界らしい。





「ちょっとね」

「不安定になってるんですよ」


「・・・・・僕が原因なんですか?」


「言いにくいんですが、間違いないですね」


「やっぱり、もう会わない方がいいんじゃないですか?」


「いやね、口には出さないんですよ。出さないけど、もう明らかに不機嫌で」

「曲も書けなくなってしまって・・・・・・今まで凄く良い状態だったんですけど」


「そんなこと言われても困りますよ。言ったでしょう?今は無職だって」

「雇用保険がもらえるうちに勉強して、就職しなきゃいけないんです」


「この前、うちの系列会社に口を利くって言ったじゃないですか」


「やりたくない仕事はやりません」


「・・・・・・・まあ、そういう人だからでしょうね」

「とにかく、本当に限界なんです。今日うちの事務所に来れませんか?打ち合わせがあるんです」


「・・・・・・わかりました」


本当に振り回されっぱなしだ。


身支度を整えると地下鉄に飛び乗った。





「タカハシと申します。ミズタニさんにアポイントメントを・・・・」

港区の高層ビルの中にある事務所に着くと、入り口の内線電話で確認を取る。


「ああ、ナツさんですね。お待ちしておりました」

いや・・・・ナツさん?・・・・・・何だか嫌な予感がする。





別室に案内される。

四角いテーブルに椅子が4脚並んでいるだけの殺風景な部屋だ。

ブラインドは閉め切ってある。


「ミズタニがミーティング中なので、お掛けになってお待ちください」


「ありがとうございます」


ふと、冷静になる。

一体自分は何をやっているんだ?

勉強を放り出して、女子高生の我儘に振り回されている。


「やっぱりもう断ろう」

そんなことを考えていると、ミズタニが入室して来た。





「どうもご無沙汰してます」

「あの、ミズタニさん。やっぱり・・・・・」


「どうした?入って来なさい」


ハルがいた。






「いや、まずいでしょう?」


「うちとしては、曲ができない方がまずいんですよ。リスナーを欺く事は不可能です」


・・・・・一手先を読まれている。

(プロの作曲家がそれっぽく作ればいいじゃないですか)

言おうとした言葉を飲み込む。


珍しくハルが何も言ってこない。


「お久しぶりです。ハルさん」


「ナツさん」

「もうちょっとライブに来れませんか?」

いつもの元気が影を潜めている。やはり、嫌な予感がする。


返答に迷った。こんな時の切り返し方にはとんと疎い。

「あの、聞いてると思うけど、僕は今無職なんです。勉強して就職しなければ飢え死にします」


「そんなことはわかりますよ。わたしだって働いてるんですから」

言われてみれば、ハルは女子高生であると同時に社会人でもあるのだ。

そこらの高校生とは違った考えをしているだろう。


だが、必死さの度合いが違う。

言っちゃ悪いが、所詮社長令嬢だ。

生活保護レベルの家庭で育って今も貧困に喘いでいるタカハシとは、仕事に対する意識に天地ほどの差がある。

そう言いたい気持ちをぐっと堪えた。





「頭ではわかるけど、ということですか」


「相変わらず話が早くて助かります」

ミズタニはいつも通り笑っている。





仕方がない。


「言う必要がないと思って言わなかったんですけど」

「僕、障害者なんですよ」

シャツの胸元をぐっと下げる。


左胸にミミズ腫れのような縫合跡があり、少し隆起しているのがわかる。

「ICDって言うんですけど」


家族以外にはじめて話すことだった。


「正直、あと何年生きられるかわかりません」

「誰かと特別な付き合いをする気はありませんし、しても不幸にするだけです」

「大体、僕のこと何も知らないでしょう?」

いつも通りの無表情で言う。


ミズタニは、少しだけ難しい顔をした。


「それだけですか?」

だがハルの表情は変わらない。タカハシの無表情が伝染したのかと思った。


「いや、それだけって」


「ナツさんが何かを隠しているのはなんとなくわかってたんです」


「・・・・・・・・(マジか?)」


「隠し事されると悲しいんですよ?」


「とは言っても話が性急すぎます」


「わかってます。だからライブに来て欲しいんです」

「話がしたいんです・・・・今はそれだけです・・・・」




まずい。話が平行線になって来た。これはまずい。

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