第12話 嘘

「流石、見抜きましたか。まあこれは通用しないと思ってましたよ」




タカハシは社会から爪弾きにされた人間のことを誰よりもわかっていた。

貧乏人が野球選手になって一発逆転だとか、バンドで成り上がって大金持ちになるとか、そんなものほとんどがフィクションの話だ。

本物の貧困は何もできない。ハングリーすぎてエネルギーが湧かないのだ。


加えてハルの立ち振る舞いからは気品や育ちの良さが感じられたし、何より目が違った。

汚いものをまるで見たことがない、ルビーの様に情熱的で無垢な瞳。

タカハシには最も縁遠く、得難いものであった。




「正直に話します。公にしていないんですが、ハルは社長令嬢なんです。SUNってご存知ですか?」


「知らない方がおかしいでしょう」


SUNは日本最大の音響機器の総合メーカーだ。最近はスマートフォンも作っている。

なんとなくそんなことだろう思っていた。

ハルの音楽的素養は幼少期からの英才教育の賜物だ。そうでなければ、あの歳であんな曲は作れない。


「両親は社長とジャズミュージシャンで、どちらの祖父母も健在です。家族中も非常に良好です」

「勉強も運動もできるし、あの容姿と性格です。加えてブレイク寸前のシンガーソングライターですよ、当然学校でも人気者です」





「・・・・・話が見えません」


「言ったでしょう。ハルを尊重したいんです。でも、大事な時期なんですよ。例えば、例えばですよ。恋愛も枷になりかねない」


「僕に気を向けれていればコントロールし易いと、そういうことですね」


「やっぱり、ナツさんで良かった。話が早い」


「他言するかもしれませんよ」


「いや、それはないですね」

「あなたは秘密と約束は絶対に守る」

きっぱりと言い切った。


「・・・・・・・実のところ、それだけではないんです」

「ハルは一人っ子で、兄弟も従兄弟もいないんです」

「両親も忙しかったので、寂しい思いをさせたと言っています」

「ナツさんに兄のような感情も抱いているのかもしれません」


「・・・・・・今度は嘘じゃありませんね」

「それで、僕にどうしろと?」


「なるべくライブに来てください。それだけです」


「僕にも都合があります」


「なるべくでいいんです。もちろんゲストをお出しします」


「お金は払います」


「だってナツさん、もう客席に居れませんよ」


「うぐ・・・・・それもそうか・・・・」


「私もこの業界に長くいるけど、問題のある客を一度排除したところで、必ずまた現れます」

「そもそも完璧に排除するのも難しいんです。そういう人はあらゆる不正をしますから」

「キリがないんですよ、正にイタチごっこです」

「とにかく、全部ハルのためなんです。ナツさんのためじゃありません。」


「どこかで聞いた台詞ですね」


「ははは!やっぱり楽しいですよ。ナツさんと話してると。これで断れないでしょう?」


「わかりました。ただ僕からも条件があります」


「条件?なんでしょう?」


「そこの定食屋で晩御飯、奢ってもらえませんか?」


ミズタニはカラカラ笑っていた。






汗だくのハルが部屋に入って来る。


「ナツさん、観ててくれた?」


「お疲れ様です。カッコ良かったです」


ひとしきり笑い終えたミズタニが言う。


「ナツさん、これからできる限りライブに来るから。私と話したいんだってさ」


「ほんと?わたしも混ぜて」


「オッケー、まず着替えて来なさい。挨拶回りするぞ」


「ナツさん、また来るから、それまで帰らないでね!」






「良い子でしょう?」


「それは知ってます」


「ははは。やっぱりナツさんしかいないですよ」

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