第11話 転換

いつの間にか開演時間が近づく。


「じゃあ行きましょうか」

ミズタニがそう言うと、2階にある関係者席に案内される。


大概こういう席は客席から丸見えなのだが、今日の箱も例に漏れずそうだった。





なんだか、客がチラチラこっちを見ている気がする。

ミズタニを見ているのかと思ったが、違和感がある。


「注目されてますね」


「何なんです?一体?」


「後でゆっくり話しますよ」


「・・・・・後で?」





そうこうしているとライブが始まる。





やはり、凄い。

ハスキーなようで甘ったるい、しかし何者も連想させない、この声は神からのギフトに相違なかった。

そこにいるすべての人が吸い込まれてゆく。


タカハシに芽生えた感情も少しずつ大きくなるが、まだ気付けないほどだ。


アンコールを終えると、夢から覚めたような気分になった。




「さて、行きますか」


「何処へです?」


「決まってるでしょう。ハルのところですよ」


「・・・・・・なんで?」






またもやスタッフルームで待たされている。

まあ、仕方がない。自分と違って責任ある立場の社会人なのだ。




まず入って来たのはミズタニだ。


「お待たせしてすみません」


「いえ、とんでもない」


口ではそう言ったが、内心帰りたかった。

さっきの観客の態度も気になる。




「ナツさん、今の状況わかってないでしょう?」


「状況って?」


笑顔のままだが、いつもとは空気が違う。





「Twitter・・・・・やってないんですよね」


「友達いないんで」


ミズタニがまた笑う。失礼なんだろうが、なぜか悪い気はしない。




「ナツさんね、ファンの間で、ちょっとだけ有名になってるんですよ」


「・・・・・・言ってる意味がわかりません」


「ほら、Twitterで探しちゃったでしょ?ナツさんのこと。タトゥーのことも書いて」


だから、Twitterやってないんだけど。


「ちょっと聞いたことはあります」





「ファンに絡まれるかもしれませんよ」


「・・・・・・・何故です?」


「ハルが直接お礼言ったじゃないですか?」

「その時のことが、なんというか、歪曲して広がりまして」

「目立つじゃないですか、ナツさん」


「それだけですか?杞憂ですよ」


「うーん、実はそれが本題じゃなくて」

「ハルがね、どうやら・・・・」

ミズタニが口ごもるのは初めてだった。


「気になってるみたいなんですよ。ナツさんのこと」


「そんなわけないでしょう」


「あるんです。見ててわかりませんか?」


「わかりませんよ」

と言ったその時、初めてステージ上のハルと目が合ったことを思い出した。


「あ・・・・・」


「でしょう?最近変わったんですよ」


「もう来るなってことですよね?」

無感情な声だったが、気分はこの上なく沈んでいた。資格試験に落ちた時より圧倒的に深く沈んだ。


「いや、逆です」


「・・・・・・あの、さっぱり意味がわからないんですが」


「言ったはずですよ、アーティストの意向は尊重するって」


「この前の新曲、良かったでしょう?ナツさんと知り合ってから凄く良い状態なんです。ライブも劇的に良くなりました」

「できるだけハルと話して欲しい。もちろんプライベートでは無理だし、連絡も私を通じて行います」

「それに、他のお客さんが気にしてるのは本当なんです。今日も関係者席にいたわけだし・・・・」


「何かされたら訴えますよ。なんでコソコソしなきゃならないんですか」


「そうくると思いましたよ。ただね、ハルのことも考えて欲しいんです」

「ここだけの話なんですが・・・・・」


いつもの笑顔はない。


「彼女、家族と上手くいってないんですよ。学校でも浮いてるんです」




「嘘ですね」

間髪入れずに答えた。

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