第10話 変化

しかし、ハルのライブを偶然観てから、なんだかあの子供に振り回されっぱなしだ。

「情けない話だ・・・・」

無職でうだつの上がらない中年が、女子高生に振り回されている。下手をすれば娘でもおかしくないような子に・・・。





「あー駄目だ。わっかんねえ」

タカハシはプログラミングの勉強をしていた。


タカハシの基本理念は消去法だ。現場仕事はもうできないし、飽きた。

技術的じゃないこともやりたくない、時間の無駄だろう。


きちんと技術を身につければ、障害者採用で潜り込めないこともない。

消去法での試行錯誤の末、プログラミングを選択した。


タカハシは雇用保険に加えて、障害年金も受給していた。

しばらくの間生活に困ることはなさそうだが、35歳の実務未経験者だ。

焦りが募っても仕方がないことだった。






電話が鳴る。

友人のいないタカハシの電話が鳴ることは滅多にない。

「あー、やばい」

完全に忘れていたことがある。もちろん、ハルのことだ。


「・・・・・・・タカハシです」


「タカハシさん。全然来てくれないって、ハルが怒ってますよ」


電話の主はミズタニだ。あれから意気投合したミズタニとは、たまに会って音楽談義をする仲になっていた。

無論ミズタニも忙しいので、本当にたまにだが。この時点ではまだ1度だけだった。



「すみません。ちょっと、色々と立て込んでまして・・・・」


と言ってもまだ1ヶ月程しか経っていない。

が、ハルは毎週のようにライブをしているので、しびれを切らす頃なのだろう。


「今度近くでやってたら行きますよ」




間が空く。

「・・・・・・タカハシさん」

「それ、ハルが納得すると思います?」


「これっぽっちも思わないですね」


そう言うとやはりミズタニが電話の向こうで爆笑した。

感情のない声が余計に面白いのだそうだ。

タカハシが言うのもなんだが、相当な変わり者だ。


「今週末渋谷です!待ってますよ!私も会いたいんですよ!」


「あーもう、わかりましたよ。時間作ります」


「わはは!これでハルにどやされなくて済みますよ!」


終始ミズタニのペースだ。まあ、やはり悪い気はしないのだが。

タカハシ自身、自分の心境の変化に驚いていた。




しかし、何故ハルがタカハシをこんなに気にかけるのかさっぱりわからなかった。

向こうは押しも押されぬ人気ミュージシャンなのだ。

多分、いや間違いなくこれからもっと有名になる。ややもすれば国民的シンガーソングライターになれるかも知れない。

いくら恩義を感じているとはいえ、タカハシのことなんか気にしている暇はないはずだ。






「まあ勉強の息抜きにも調度いいか」

仕方がないので渋谷に向かう。

そういえばハルに出会ったのも渋谷だったな。もう随分前のことに感じる。


「すみません。タカハシと申します」

受付に名乗ると、待ってましたと言わんばかりにスタッフが立ち上がる。


「ミズタニさんが待ちわびてますよ。こちらに別室があるので、ご案内します」


「なんだかすみません」


スタッフの控え室に案内され、うとうとしながらミズタニを待つ。

先に意外な来訪者があった。



「ナツさん」


聞き覚えのある声に驚いて飛び起きる。

音もなく部屋に入ってくるとは、一体こいつは何者なんだ?

もうおわかりだろうが、ハルが立っている。



「どうも遅くなりまして。ゲストありがとうございます」

「・・・・・ナツさんて僕ですか?・・・ですよね・・・・」

相変わらず表情の変わらないタカハシだが、ハルの出方を伺っていた。怒っているだろうな。


「もうみんなそう呼んでますよ。わたしが発案者ですけど。嫌ですか?」

みんなって誰だよ・・・・・。しかもちょっと、機嫌が悪い?


「嫌じゃないですよ」

感情のこもっていない声で返す。


「じゃあナツさんで!今日めっちゃくちゃ気合入ってるんですよ!ちゃんと観てください!」

いつものハルに戻り安堵する。


(怒ってないのか・・・?)


「じゃ、リハがあるのでまた後で!」


「はい、楽しみにしてますよ。・・・・・いや、後でって・・・・・・」

忍者のごとく現れたのに、去り方は嵐のように豪快だ。



入れ替わるようにミズタニが入って来た。

「いやいや、忙しいのにすみませんね。

あんたもか・・・・・。



「いえ、ちょうど息抜きしたいと思っていたところです」


「早速なんですけど、最近何聴いてます?」


「いや実はカンタベリーにはまりそうで・・・・」


「おー!また渋いところ行きましたね!!」


相変わらず嬉しそうだ。この人は心底、音楽が好きなのだろう。

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