第9話 邂逅

人生とは予測できないことが起こる。いや、予測できないことばかりだ。

出会いも別れも突然やってくるし、嬉しいことも悲しいこともだ。





そそくさと帰ろうとした。が、やはり無理だった。

「あ!タカハシさん!」

ミズタニが叫ぶ。


「ちょっとちょっと、また後で話しましょうって言ったじゃないですか」

考えてみればそれなりの立場の人間に対して、またもや失礼だったか。


「いやあ、社交辞令かと」


「ちょっと楽屋に寄りません?」


「え?」


「ハルが呼んで来いって言ってるんですよ」


「・・・・・・・・多分、断っても無駄なんでしょうね」


「あはは!ハルのことをよくわかってらっしゃる!引き摺ってでも連れて来いって言ってましたよ」


「まあ、僕も悪いと思ってるんで・・・・・」


これだ。受付のスタッフがやたらと笑顔だったのは・・・。






予想はしていたが、随分待たされた。

仮にもメジャーアーティストなのだ。挨拶回りもあるだろう。

ミズタニも忙しそうに方々に声を掛けている。


誰もいないスタッフルームで1時間ほど時間を潰す。

「お待たせしました。タカハシさん、中へどうぞ」

恐る恐る楽屋のドアをくぐる。

やはり疲れていたのだろう。ハルが椅子にもたれて眠っていた。


「ハル、連れて来たぞ」


その瞬間、むっ、とこちらを睨むと、物凄い形相で近づいてきた。全身から怒りが噴き出しているのが目にも見えそうだ。


「なんでゲストで入らなかったんですか!」


「う・・・・・」


いい歳した中年のオッサンが女子高生に怒られているのか・・・・。情けない・・・・。


「お礼にならないじゃないですか!!」


他のスタッフは呆気にとられているが、ミズタニだけは腹を抱えてクスクス笑っている。


一応、言い訳をしようと思っていた。


「すみません、興行はお金を出して観るって決めているんです」


「もういいです!!次こそゲストで入ってください!!」


「いや、だから・・・」


「いいってば!!!!」





段々うんざりしてきた・・・・・。


「あのですね」


いつも通りの無表情のまま、感情の込もっていない声で話し始める。


「別に助けたつもりはありません。だからお礼を言われる筋合いもありません」

「僕はこれ以上自分に失望したくないんです。誰がそこにいても同じ事をします」

「自分のためにやったことです。ハルさんは関係ありません」


少し間を置いて続ける。


「何より僕は、創作に対価を払わない世界は間違っていると思います」

「絶対にお金は払います」


ゆっくりとだがはっきりとした口調でそう言うと、その場が静まり返る。勿論、ミズタニを除いてだ。

それでも目の前の子供の表情に変化はない。


「じゃあ、出禁にします」


タカハシにつられてか、むっとした表情ではあるが、静かな口調でそう言った。


「・・・・・は?」


「あっはっはっはっは」


遂に堪えきれなくなったミズタニが爆笑した。


「プッ」


他のスタッフも吹き出す。


「諦めて下さい、タカハシさん。そいつは言って聞くようなやつじゃないんですよ」


笑いすぎて涙が浮かんでいる・・・・・。


ハルがミズタニを睨む。


「いやあ、すまんすまん」


「あの・・・出禁って・・・・」


「まあ、本人が言うんじゃ仕方ないですね。うちはアーティストの意向は尊重しますよ」


「そんな理不尽な・・・・・」


「あなたがゲストで入れば済む話ですよ。なに、一回だけです。一回だけ自分のポリシーを捨てて下さい」


「まあ、そうですけど・・・」




「そういうわけで、次も来てくださいね」


もうわかったよ。これ以上いじめないでくれ。


「・・・・・次はいつですか?」


目の前の怒り顔が笑顔に戻っている。タカハシが一番好きなハルの表情だった。

まあ良しとするか。

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