第8話 天気

なんだか気力が戻って来た。

「やっぱり観に行って良かったな」

ハルは正のエネルギーに満ちていた。孤独で卑屈なタカハシですらもその影響を受けていた。


タカハシは別の勉強を始めていた。

同時にまたギターを弾き始めた。

なんだか居ても立っても居られない気分だった。


週末になればハルのライブがある。

そう思うと、なんだか不思議と頑張れた。





・・・・・・・週末が来る。

会場に着くと、既に大勢のファンが押し寄せて居た。


確かに大きい箱だ。キャパが2000人で、ここを埋めれば、インディーバンドなら相当人気がある。所謂半メジャーというやつだ。

とはいえメジャーバンドでも埋めるのはなかなか難しいだろう。

タカハシの好きな国内のバンドは、メジャーインディー問わずほとんどがこのキャパは埋まらないはずだ。





入場しようとして、受付に呼び止められる。

「タカハシさんですか?」

「そうですけど・・・・」

「ああ良かった。ハルさんから言われてるんです」

「え?」

「『ゲスト出すって言ってあるけど、あの人普通にチケット買うと思う』って」


・・・・・・本当に高校生か?


「2階に関係者席があるんですよ。そっちに案内するようにって」

ここまでされては無下にすることもできまい。そもそもゲストで入らないのも失礼だったか。


「お言葉に甘えます。ハルさんにはよろしくお伝えください」

この時、何故かスタッフの笑顔が妙に引っかかった。理由は後にわかるのだが。


関係者席に入ると、見るからにクリエイティブワークをしていそうな人間が10人ぐらい座って談笑している。みんな知り合いなのか?

タカハシの出で立ちは相変わらずのロックファッションで、完全に場違いだ。

指定された席に座ると、開演まで時間を潰す。


しばらくすると声をかけられる。


「すみません、タカハシさんですよね」


「はい・・・・・」


「先日はうちの小日向がお世話になりまして」

50代ぐらいでアイビールックをした男が話しかけてきて、名刺を渡される。

「株式会社 ストーン・レコード・ジャパンSRJ 営業部部長」

どうやらレコード会社のお偉いさんのようだ。


「いえとんでもない。ご丁寧にどうも」

タカハシは(※一応ではあるが)社会人なので、この程度の社交辞令は問題なくこなす。


挨拶もそこそこに続ける。

「普段どういうの聴かれてるんですか?」


少し面食らったが、タカハシは話し出す。

「色々です。ロックとかソウルとか」


「私もこんな商売やってるぐらいだから、なんとなくわかるんですよ。同類って」

ミズタニと名乗るその男は嬉しそうに言う。


「ロックではどういったものを?」


「えーと、色々ですよ。50年代だとチャックベリーとかバディホリーも好きだし、60年代だとキンクスとかゾンビーズ、ストーンズとかも」


「お、いいですね」

殊更嬉しそうな表情になる。


「70年代はどうです?」


「パンクもグラムロックも好きだし、ダムドとかジョニーサンダースとか、UK・US問わずに好きですよ。あ、ニールヤングとフリートウッドマックも」


ミズタニは興奮した様子で身を乗り出す。


「いいですねえ!いや、最近の若い子はこういうの、あまり興味がないみたいで」


「僕も若くないですよ」

いつも通りの無表情だが、なんだか悪い気はしない。

気が付けば30分ほど話していた。


暗転し、入場SEが流れる。


「おっと、また後で話しましょう!」

ミズタニは興奮した様子のまま自分の席へ戻って行った。


「後で?」




ライブが始まる。



「?」

ハルがこっちを見たような気がした。

しかし、一瞬でシンガーの顔に戻る。


「お、新曲」

バラードから始まる。やはり、ハルの声はいい。

ギターもどんどん上手くなっている。

もっとも、ハルの良さはテクニックで語れるものではない。

この前話した人間とは思えないほど距離を感じる。


タカハシは終始感動していたが、別の感情を抱き始める。

本人でさえまだ気付いていないほど、微かな感情を。

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