第7話 雨粒一つ
乾燥したものは腐らない。
それが良いのか悪いのか、随分長い間考えている。
「何?ハルちゃん物販するの?」
「お金まだあったかなー?」
瞬時に騒々しくなる。
「すみません、どうしてもお礼がしたいって聞かなくて」
「お礼?」
タカハシは面倒くさいので惚けた。
「今最も注目すべき女子高生シンガー」なんかと話をしたら周りが五月蝿いに決まっている。
「えーと」
無表情なまま言った。
「ありがとうございました」
まごついているとハルが口火を切った。
「はあ、どうも」
相変わらず表情の変わらない男だった。
この時の女性スタッフの呆れたような困り顔は今でも覚えている。
「よくわかりましたね」
「そりゃわかるよ。目立つもん」
笑いながら言うので困った。これでは邪険にするわけにもいくまい。相手は10代の子供なのだ。
タカハシは長身というわけではないが、整った顔立ちをしていた。
もし化粧をすれば女性に見紛うぐらいだ。
目は大きくないが彫りの深い二重だったし、鼻が高く、輪郭も整って、優しげな雰囲気があった。
およそ見る限り間の抜けたところはない。
実のところ、女性に人気はあった。だが、タカハシの乾き、焼けただれ、ズタボロに壊れた内面に触れると一人の例外もなく去って行った。
ウォレットチェーンやシルバーアクセサリーを身に付け、足元はエンジニアブーツの古風なロックファッションだった。
目にかかるほどの髪はヘアゴムで束ねられ、女性もののヘアピンだらけだった。
おまけに腕に消しかけの刺青がある。確かに若者に混ざれば目立つだろう。
後から知ったことだが、ハルが「もしロックンローラーが来たら教えて欲しい。見ればわかる」と伝えていたそうだ。
ハルはこういう抽象的な言い回しをしてよく周りを困らせていた。後にタカハシもその餌食になる。
ハルはステージ上では得もいえぬ神秘的な雰囲気があったが、目の前にすると年齢以上に幼く見えた。
タカハシは美醜の観点は人それぞれだと思っているが、確かに可愛らしいんだろうと感じた。
(最近の女子高生って敬語使わないのかな)
この場に限って言えば、至極どうでもいいことを考えていた。
「じゃあ、これで」
「みんな今日はありがとう!」
向こうも自分の立場ぐらいわかっているのだろう。いや、大人に散々聞かされているのだろう。
簡単な挨拶をすませるとすぐに引っ込んで行った。
また歓声が巻き起こり、場内の熱気が上がる。
どちらかと言うと、これで購買意欲を高めることが目的だろうな。
「えーと、全部一枚ずつですよね」
その後、そのスタッフからも丁重にお礼を言われた。時間が掛かって後ろで並んでいる人に申し訳なかった。
「あの、お兄さんてもしかして、昨日ハルちゃんを助けたっていう・・・?」
大学生ぐらいの集団に声を掛けられる。
「Twitterで探してたんですよ。ハルちゃん」
「ああ、なるほど」
友人のいないタカハシには、Twitterなど当然の如く無縁の存在だった。
「タトゥーだけが出掛りだって」
やはりか。刺青の除去は彫る時の2〜3倍は痛いのだが、残りも早く消しちまおうと思った。
その集団は顔が広いようだ。その後も次々に声を掛けられた。
(面倒だな・・・・)
どう考えても目立ちすぎている。もうライブに来れなくなるんじゃないか?
大体、タクティカルペンをチラつかせたなんて言えるわけがない。
「ちょっと急いでるんでこれで」
逃げるように会場を後にした。
駅まで少し歩いた。直前の信号待ちの時だ。
「あの・・・・・・」
「あのー!!!!」
聞こえないふりをしたが無駄のようだ。
ハルがいた。
「なんですか」
無表情なまま敬語で返す。いやそれよりなんでここにいるんだ?やはり馬鹿なのか?
「良かったら次のライブも来て下さい!」
「今までで最大のキャパなんですよ!だから観て欲しくて!」
「まあ暇だったら」
無職のタカハシに忙しい時などないのだが。
「よかった!お礼に名前書いとくんで!」
「名前は?」
「タカハシです」
間髪入れずにハルが続ける。
「下の名前も!」
「ナツヒコです」
何故か嘘はつきたくなかった。いつもなら適当な名前を言って誤魔化すのに。
さっきとは随分印象が違うが、きっとこちらが本当のハルなのだろうと思う。
「絶対来てね!」
それだけ言うと嵐のように去って行った。
1分ほど前に暇だったらと言ったはずだが・・・・・。
その先に車が待機している。一人ではないのだとわかり安心する。
何故だか悪い気はしなかった。
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