第6話 愛とか

愛を知らずに育つ。

高確率でそれは連鎖し続ける。

ジョンレノンだってジュリアンからは蛇蝎の如く嫌われていた。

世界に愛と平和が満ち足りれば、これ以上そんなことは起こるまい。

つまり、絶対にありえないと言うことだ。

そんなの、世界中の人が悲しくて涙を流すのに。






「夢が終わった」

家に帰ってきたからだろう。勝手にそう判断した。

「嫌な夢だったな」

ギターを置き忘れるなんて、酷い夢だ。酷すぎるだろう。

夢を反芻する。


「?」

朧げだった記憶を蘇らせて行く。

そういえば、あれは誰だっけ?すぐに気付く。

「あ、昨日の女・・・・」

新幹線でタカハシにスマホを見せた女。

昨日ステージで歌っていた女だった。


ふと気になって検索した。

こんなことも何年もなかったのに。

ファッションビルのホームページを開き、スケジュールを確認する。

「えーと、これか?」

「小日向 陽」(コヒナタ ハル」

どうやら純粋なバンドではなく、ソロシンガーとバックバンドのようだ。


尚も検索を続ける。

「あ、こいつだ・・・・メジャーなんだ・・・・」

空をイメージしたような青と白のシンプルなホームページだった。

プロフィールや週末だけのライブスケジュールが書かれていた。

「今最も注目すべき女子高生シンガー」だそうだ。

めまいがするほど陳腐で馬鹿丸出しのキャッチコピーはもう何十年も変わっていない。

「・・・・・?女子高生?あれで?」

「今日もやってるのか・・・・」

夕方までどうしようか迷っていたが、シャワーを浴びると気分が変わり、外出する気になった。

何より、胸が高鳴るのを無意識に感じていた。






「ライブハウスなんて何年振りだっけ」

タカハシの知っている頃のライブハウスとは色々なものが違っているが、それは当たり前だ。

時間が経てば変化をするものだ。変わらないものなどない。

しかしそれでも禁煙なんて信じられない。その日はアルコールの販売もなかった。

「泥酔者お断り」なんて看板もあるぐらいだ。

「泥酔しているやつなんて昔は当たり前だったな」

自分が歳をとったことに改めて気付く。


実はちょっとだけワクワクしていた。

昨日のライブも良かったし、音響が良いことで有名な箱だった。

何より、観客の期待がチリチリ伝わってくる。

今この場所には熱があるのだ。自然と期待も高まる。

時間が経つにつれ、満員に近いほど人が入る。

「キャパ・・・・800人だよな?」

ちょっと驚く。そういえば昨日も後方まで人がぎゅうぎゅう詰めだった。


にわかに歓声が起こる。

スマホを見ていた顔を上げる。

「あ・・・・」

昨日の女、いやハルか、ステージに上がっている。3列目ぐらいにいるタカハシは目が合った気がした。

「あ・・・・・!」

ハルがこちらを見てから急に袖に引っ込む。


なんだか不思議な感覚がしたのを覚えている。

何十年も忘れていたような気がするあの感覚。

後にそれは気のせいではないことが判明する・・・・。


再びステージに現れた。

「今日は楽しんで下さい」

歓声が上がる。簡単すぎる挨拶をして再び袖に引っ込む。

どうやらあまり喋るタイプではないようだ。

まあ、タカハシにとってはどうでもいいことだが。




ライブが始まる。




圧倒された。

やはりというか、プロの演奏は完全に別物だった。

タカハシが今まで観て来たロックバンドなんかとは別次元だった。

音楽理論やスケールも完璧に理解してなければできない芸当だろう。

そしてやはりハルの声は一際輝き、カリスマ性を放っている。

「・・・・・すげーな」

自然とそう口にしていた。







終演後、物販に寄った。

女性スタッフが大声で叫ぶ。

「CD販売してます!ライブ会場限定のもありまーす!」

かなり並んだのを覚えている。やはり、人気があるのだろう。

並ぶ人々は一様に興奮した口調でライブの感想を共有し合っている。


「超カッコよかった!!」

「あれで可愛いって反則だよねー。神様ってほんと不公平ー!」

やはり若い客が多いようだ。中年のタカハシには居心地が悪い。


タカハシの順番が来る。

「(やっとか)すいません、今出てるの全部一枚ずつ下さい」

「ありがとうございます!あ!」

Tシャツを畳みながら対応していた女性スタッフが顔を上げると、タカハシを見て袖に引っ込んだ。


タカハシが俯いてウォレットチェーンの付いた革財布からお金を出している時だ。

歓声が上がる。

「おー!!!」

「マジか!!!」


ハルが物販に現れた。

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