第5話 土産はみかん
無事、が必ずしも全人類に対して喜ばしいとは限らない。
最終的に失敗しすることが結果的に良いこともあるだろうし、転んだ方が正解ということだってあるだろう。
佐々木 明太郎は、今回の場合、まさにそれだったと感じていた。
仕事帰り道によくわからないまま、パンイチでザリガニの化け物ドルルクと戦った。
最初に殴られたのと、その一発が弱かったのと、のんか生きる上でのサラリーマンのストレスとか、諸々ひっくるめて拳に乗せて殴り合った。
そして結果、負けた。
割といい勝負していたとは思う。
だからといって、あの化け物と再戦はしたくないが。
殺されなかっただけマシ、だとは思った。
いや、思ってた。
あれから包帯グルグルの状態で病院で目覚めた小1時間ほどは。
意識を取り戻し、どこぞの病院かもわからない個室で寝かされていた明太郎は、包帯グルグルの手でナースコールを押した。
看護師の方が来られ、意識確認をされたあとに、しばらくして国の自衛隊だか警察だか忘れたが、中年のオッさん達が何人も病室に入ってきて、よくわからん役職と1発じゃ覚えられんタイプの苗字の方が2、3人名乗ってきた。
そして、そこから連日、ひたすらドルルクのことについて聞かれた。同じ質問を何度もされ、同じ事を何度も答えた。
明太郎は拷問を受けてる気分だった。
まだドルルクと殴り合ってる方が良いとすら思った。
何周目か数え切れない質問をもう一周されそうな直後、お偉いさんのオッさんのガラケーが鳴った。
意味ありげな相槌を打ち、電話を切ったお偉いさんほ、周りのオッさんを集めてコソコソと話した後、
ドルルクが出現したと明太郎に言った。
「だが、佐々木さんはその体ではどうしようも出来ない。我々に任せて、ゆっくり傷を治してください」
キメ顔でそう言ったお偉いさんは、他のオッさん達を連れて退室した。その際、さすがに明太郎を1人にするのはまずいと思ったのか、尋問中ひたすらにメモをしていた若気で弱気そうな男の人…確かイトウさんと言ったと思う。その人だけ残していった。
いや、
佐々木さんはその体ではどうしようもない、とはどういうことだろうか。
明太郎が万全な状態なら、現場に派遣されてたって事だろうか。
明太郎的には、言われずとも皆さんにお任せするし、ゆっくり傷を治す所存だ。
少し、改め、とても唖然していると、イトウさんが困ったようにペコペコと頭を下げ始めた。
「すいません、佐々木さん。我々に協力ばかりしてもらって…」
「…いえ、いいんですよ、あんなのと殴り合う人間なんて、他にいませんし」
イトウさんは返す言葉が見つからなかったのか、
ただ困り笑顔でペコペコと頭を下げた。
この人、出世しないだろうな…と万年平社員の明太郎は哀れんだ。なんとなく、窓のガラスに自分の写る姿が見えた。
気まずい沈黙の中、病室に拷問のために付けられた電話機が鳴った。主にこれは、病院の受付に繋がっているとここ数日で明太郎も理解していた。
それにイトウさんが出て、見えない電話先の相手にペコペコ頭を下げながら、「来客!?」といきなり慌てふためいた。
「あぁ、はい。親戚の方ですか、えぇっと、今、上がいないもんで…はぁ、ええ、はい。わ、わかりました。通してもらって結構です」
どんだけキョドるんだ。
イトウさんは、親戚の女性の方なので面会通しました、ホントは上からダメって言われてるんですが、と言った。彼なりに明太郎に気を使っているんだろう。
それにしても、親戚の女性は誰だろうか…
田舎に住むお袋には、2人組の強盗にやられた、とテキトーに誤魔化した。さすがに化け物と戦ってるとは言えないからだ。オッさん達からも止められた。なので、打身が酷いから湿布貼って寝ておくが、心配しなくていいと言ってる。
電話の奥で、親父が「そんな情け無い奴の見舞なんて行かんでいい!」と罵声が聞こえたので、我が家庭環境を考えたらお袋は見舞いにくることはない。毎日定期的にお袋から大丈夫?とメールは送られてくるが。
他の親戚にはそもそも入院してることを伝えてない。なので、親族に明太郎を訪ねてくる人はいないはずなのだ。
病室の扉が開き、久々に会う美友がそこにいた。
「お疲れ様です。…なんか、すごいですね、包帯。誰にやられたんですか?」
心配そうに問いかける美友に、明太郎は心救われた。さっき、無事である事が正解じゃない、とすかしたこと言っていたが、即座に撤回しよう。
ドルルクと戦って、生きてて良かった。
オッさん達の無限ループ質問ラッシュに耐えて良かった。
「ご、強盗の男2人にやられまして…」
「えっ…!?大丈夫…じゃないですよね、でも無事で良かった」
何かを感じ取ったのか、イトウは粛々と退室した。
グッジョブ、イトウ。
お前はきっと、必ず出世するぞ。
「お見舞い初めてでして、親族じゃないと入れて貰えないってネットで見まして…」
「あ、ありがとうございます」
「あ、みかん食べます?」
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