第2話 ドルルク

明太郎は、驚愕した。

言葉の文ではない。

明太郎の30年近い人生のなかで、これまで絶句するような事柄は数えるほどではあるがあった。

例えば、中学の頃に体育館の裏でたまたま同級生が根性焼きをされ、イジメられているとき。

例えば、歩くのが遅かったのであろうお婆さんが荷物入れて押すアレを押しながら、ゆっくりと赤信号の横断歩道のど真ん中を歩いていたとき。

それらが比にならない程の驚愕だ。お口あんぐりだ。

なぜならば、目の前に化け物がいる。

2メートルほどの、全体的に青味がかったボディに、ビジュアルはザリガニに近い。手はザリガニのような鋭さはなく、クラブハンマーと呼ぶに相応しい丸いハサミのような形をしている。

明らかに人間ではない。

それと今、明太郎は対峙していた。

しかも、背景が様子がおかしい。確かにいつもの駅前の風景ではあるのだが、薄く白く、淡いもやのかかったようになっている。

意味がわからない。何が起きている?!


「ドルルルルルルルルルクッッッ!」

聞いたこともない鳴き声を化け物は発した。

やばい。直感でそう感じた。

逃げようと、後ろを振り向き走ろうとしたが、足に違和感を感じた。

下半身を見ると、明太郎はパンツ一丁だった。

それだけではない。先ほどまで持っていた牛丼のアタマが入ったレジ袋も、仕事鞄も、耳に装着していたイヤホンもない。

背後を振り返ると、持ち主を突如失ったそれらは、1メートル先に無残に地面に散乱している。

とりあえず拾って逃げようと、走り出した刹那、白いモヤに激しくぶつかり、明太郎は弾かれ転けた。

壁?

この白いモヤは、どうやら壁のようだ。

気づけば、モヤの奥には既に通行人達によるギャラリー御一行が形成されている。それが止めとなり、一気に不安が明太郎を襲う。

俺は閉じ込められてるのか!

「ドルルルルルルルルルク!」

後ろの怪物の存在を忘れていた。

振り返ると真後ろに化け物は立っている。

明太郎が悲鳴を上げると同時に、化け物は咆哮と共に明太郎の後頭部に拳を下した。

衝撃。

明太郎は横に倒れ込んだ。

「いってっえ…」

痛い。が…。

明太郎はよろめきながらも立ち上がった。

今の時代に合ってないが、明太郎の親父は明太郎をよく殴る親父だった。やんちゃだった明太郎を良く殴り、修正してもらい、明太郎はデカくなった。

中学の頃、たまたま体育館の裏で同級生が根性焼きをされていたとき、明太郎はすかさずイジメてる奴等を殴った。多勢に無勢で、その後集団リンチに合ったが、明太郎はくじけず立ち向かった。

最近は、会社で係長によくどやされてる。仕事が出来ない自分が悪いが、それを差し置いても係長はパワハラ気味だ。日々の疲れとストレスはハンパではない。

端的に言う。

殴られるのは慣れている。だからこそ。

「歯、くいしばれよ…」

「ドルル…」

化け物の頬に、思いっきり拳を叩き込んだ。

化け物は横に吹っ飛ぶ。

やっぱりな、と明太郎は言った。

幼い頃から殴られて育ってきたからわかる。そして、中学の頃以来に誰かを殴ったからわかった。

この怪物、弱い。

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