第77話 あきらめちゃダメ
がしゃどくろが霧散し、トレントが大量に倒れている湿地帯が露になった。
標高が高いのと、遮るものが少ないせいか、風が大分きつい。だが、息苦しくはなく、気持ち良いように感じる。
僕は大の字で倒れている。地面にぶっ倒れて、明らかに服が汚れている姿。なのに、心は綺麗でとても晴れ晴れとした気分だ。
日頃のストレスが払われたようで、憑き物が落ちた状態というのはこれなのだろうか。良い夢を見た後の状況か。だが、何かが欠落している。
今の場所は王樹の枝の上。葉っぱの上だろう。そこには多くの生命がいたはずだが、がしゃどくろによって、抗ったものしか、いない。
エルフたち。茉莉野さん。トレントはピクリとも動かず、死んでしまっているのだろうか。
そして、マオウも倒れて気を失っている。息はしているから、問題は無さそうだ。
さらに辺りを見回す。先ほどの青い光は消え、そして、最後に残るは黒い何かが見えた。酷い子供の落書き。精神異常者が書いた人めいた何か。
おどけるなら、画伯と呼ばれるタレントが書いた人を泣かせるだけの酷い絵。
酷評される落書きのようにしか見えないそれは、僕の心をかき乱して、逃げさせようとする。
『待って』
黒い落書きはガサガサとノイズをまき散らしながらやってくる。
「近づくのはやめて頂こう。あなたがお嬢、そう、あなたが――か。美しいな。あたしの心が正常であれば愛でたいくらいだ。だが、あなたは私たちに仇をなした。だから、丸太で殴られても仕方ない」
茉莉野さんが僕の前に立つ。体は満身創痍だが、一番余力を残しているのだろう。
トレントを以って、僕の前に立ってくれた。
「その黒い何かは僕に何を言っているんだろうか」
「なんと、彼女の姿がそんな風に見えるのか。お嬢――のことは有名なはずなんだが、そうあなたの――だった。それが」
『いいえ、彼には私のことはわからないでしょう。それが私とセンパイが――ものです。私は後悔などしてはいませんが』
ノイズ交じりで聞こえない。言葉自体もすべて囁き声のような蚊のような嫌悪される音に変換されている。
「これはなんだ。化け物なのか。なれはて? 声がもうすでにおかしくて、うん。壊れる前のロボットみたいで気持ち悪い」
『そこまで悪化したのですね。関係さえも――して。何という仕打ち。だから、私は諦めるしか』
吐きそうだ。なんだこれ、おかしいぞ。シュールストレミングを食わされて、毒ガスの中に連れ込まれたようなひどい酩酊感。
なのに、僕はそこから動けない。何も知らないそれが泣いているようだったから。
「雅弥! 大丈夫?」
マオウが起きてきた。僕は少々ふらつきながらも手で支えようとする彼女の手を触り、首肯する。
「何とか、ね。歩く事くらいはできるさ。おっとっとととと」
「大丈夫。本当に?」
まあ、そこのお嬢の声が変な風になったくらいだから。多分。呪いか何かなのかな、と。
『恐らくは――が進んだ。だから、私の姿も見れず、声さえもわからなくなった。私は諦めてここから去ります。もうここまで来たら』
「甘ったれるな!」
『甘ったれる? 私はすべてのことを行った。血反吐を吐く決心をして、今また失敗した。エルフを攫い、世界樹の幹から濃縮された蜜を元に作られる万能薬であるエリクサーを探し求めた。でも、それは失敗。気づけば! センパイに姿を認識されることは無く! 声さえも届かなくなった。もうすでに終わりだから!』
「私は猫だった。奇跡のように猫変化で女の子の姿になれた。それは何回も何回も死にかけながら、雅弥の魔力を受けて死にそうになりながら。でも、それで私はここにいる! だから――」
『だから? 諦めるなと? ふざけるな! 私がどれだけ思い続けたか。気付けば何度も何度も――れ、認識を――もらえず。何度も何度も非道を行った! 諦めるところまで来てもいいじゃない! なのに、マオウは私のほしいものを手に入れて』
「だったら、奪えよ! 私は何度でも受けてやる! だからさ、諦めちゃダメなんだ!」
マオウは涙を流した。
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