第75話 現実に戻る

 プツンと機械の電源を落とした瞬間といったらいいのだろうか。スイッチが入ったと言ったらいいのか。表現としては何が正しいのか、今のところ分からない。

 ただ、夢から目覚めたその瞬間と言ったらいいのだろう。


 僕のがあっという間に何かに飲み込まれたのだと悟った。


 黒い煙のような炎の中に包まれたはずなのに、生きている。訳が分からない。どうして生きているのだろうか。

 生きていること自体はうれしいが、何が起こったのか。


 僕はなぜか、右手を出して、煙を、黒い炎を止めていた。全能感があふれている。

 体にみなぎるは僕の身に余る何かを有している。おかしい。どうして、こんなことになっているんだろうか。


 簡単だ。それが僕の力だから。と、僕の消された何かが伝えてくる。


 枷を一時的に解いた。と、呪い――いや、僕を守るストッパーのような意志がそれを解いたのだろう。


「雅弥!」


 僕が守った猫は茫然としていたが、はっと覚めて驚きの表情を浮かべていた。

 エルフたちや茉莉野さん、トレントが煙の力にやられたようで倒れている。

 僕の後ろでマオウだけがフラフラしながらも立ち上がっている。


「大丈夫なの? 体が青くなって、何か変なオーラみたい。あと、体中が魔法陣みたいな、呪紋だっけ。それまみれになって、見た目が大変ななことになっているけど」


「ん、わからない。多分、今は平気。後でどうなるかはわからんけどね」

「それって、大丈夫だといえるの?」

「さて、どうだろう?」

 

 他人事のように返す。僕だって何もわからない。だったら、今は強がらせてくれと心の中に秘めて、努めて他人事のようにして、平然と返すしかないのだ。


「どうだろうって、また、雅弥は」

 ぎゅっと、下唇をマオウは噛んで。


『素晴らしい。試練に打ち勝ったのですね。センパイはとてもとても、お強いのです。流石、センパイ、すごいです――それが泥棒猫であることが非常に残念なのですが、センパイはお優しいので、そういうことしかできないのは私がよくわかっているのです』


 お嬢の声が聞こえた。そして、がしゃどくろが震える。

 それは歓喜の音だったのだろう。僕を祝福しているのだろう。

 ただの不協和音でしかないのだが、僕はお嬢の感情を正確に読み取り、嫌悪感を覚える。


「あまりにも悪趣味すぎて、笑えないけどな」


『笑ってもらえなくても結構。私は試練を与え続け、あなたを強くしていくことが至上であるのです。そして、いつしか私を救ってくれると思うから……』


 どうして、そんなおかしなことを思うんだ、と言葉を返そうとするが、お嬢の声はとても真剣で、嘘偽りがないように思える。狂っていると考えれば辻褄が合うはずなのだろうが、答えることができない。純粋な狂気ともいえるのだろうか。


「多分、――の言っていることは本当だから。でも、おかげで私も死にそうになり、雅弥は一度死んだ。燃え尽きたのを私は見た。なのに生きているのは、彼の中の呪紋が守った」


 結果として、僕は助かった。夢の中の呪いとの会話で死のうとしていたところを救われた。死んでよかったと思っていたところが帰ってきたのだ。


『でも、センパイは帰ってきた。何も変わらなかった。いいえ、たぶん私を殺すために帰ってきたのかもしれないと思います。私は罪深いから」


「罪深い。だから、雅弥を殺そうとして、こんな恐ろしいことをするの?」


『違う。私はこんなことをしたを憎み、愛している。狂っているのでしょう。だから、センパイへの愛をつぶやく。だって、私は――から――って来た時から、センパイに――ない――いを――けたから』


 プツプツと切れるお嬢の声。そこにすべての答えがある。なのに、すべてを拒否されて、彼女の言葉の意味を知ることができない。考えることをいない。


『私を見て。センパイ。愛おしいセンパイ。私だけを見て。だから、ほらっ』


 がしゃどくろが黒い煙を出すのをやめる。気づけば壊された腕がよみがえっていた。

 そして、僕に向かって、口を上げる。そこから、黒い血を吐く。


 呪いの血。


 普通なら、恐怖を感じるはずなのに、体が怯えを感じない。ただ、呪紋が僕の頬に何重にも重層的に展開。


 血を消し飛ばした。


『すごい。すごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごい! すごすぎます! 最高に私を見てくれている。どう! ウサギになった猫。これが、私の幸福です!』


 マオウは唇をかむ。


「本当の魔王というのはあなたのようなことをいうのだろうと思う。けど、私はあなたを哀れだと思う。どうして、雅弥を狙うの? 彼はもう十分に何かをしたの。やり遂げたの! まだ、やらせるの?」


「それがセンパイだから。強くなければいけないのです。センパイはそうして生きていくしか方法がないから。今の世の中は彼を求める! 強い胤? 知らない。30歳になっても救うことを忘れないセンパイだからこそ、私は愛するのですから!』


「ちがう。もう彼は力を尽くした。だから、私がこれから、彼を守る。でも、それは勇者としてではなく、魔王として小さな国アパートを支配するマオウとして、守るから!」


 どちらの言葉も正しいと僕は思う。だけど、今は、


「とりあえず、20万円ください! いや、もっと損害賠償や危険手当で100万は欲しいからああああああああああああああああ」


 空気がなぜがシンとした。


「え、ダメなの? 現実に戻るとそんな感じなんだけどな」


 

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