第60話 御守り
「嘘だろ?」
――嘘じゃないな。
空耳のような自分の声。他人のような声が聞こえる。
自分の妄想が生んだ声。
ドスンッという音がして、マオウが倒れていた。
ゴホッと吐いた血。元が生物だったのか、血が赤く、人間のようだった――なんてことを言っている自分がおかしい。
彼女の意識はショックで持っていかれたようで、まるで人形が崩れるように倒れた。
「ちょっと待てちょっと待て! こんなのっておかしい。夢だ。ああ、呪いが見せた夢。そうだろ!」
でも、マオウに駆け寄った僕はリアルな彼女の姿と血の匂いが現実だということを思い知らされる。
「そうだ、呪いとか回復とかある――わけがない。ローズさん、あんたならそういう魔法くらい」
ローズは首を振った。
「エルフは緩やかな回復ならできるが、即死に使えるものなんてないよ。あれば、あたしの方が欲しいな」
「お姉ちゃんは悪くない。だって、悪いのはその女の子だから」
アリエスだった何かは空を飛び、そのまま去っていこうとするが、一瞬止まる。
――ま、少しは責任感じてくれや。
それは自分の声だった。だが、何かが違う。それは。
――御守り。一度だけ無理させてみよう。呪紋を刻めてみろよ。
呪いの声。でも、何でもいい。マオウを救えるのなら。
刻む魔力。両手の甲に刻まれたほとんどの魔力を一旦枯渇させる力。
寿命が縮むだとか言われた力を使って、そうだな。
「奇跡を1度だけ。マオウの腹を戻す力をください」
――足りないから、そこの女神のなりそこないから力を少しだけもらうさ。ほれ、御守りを壊して、奇跡を望むなら、望めよ。
胸に入れたお守りを僕は出して、マオウの空洞の空いた腹に当てる。
「刻め。刻め力を刻め。踊れ我が祈りを聞き届けよ」
朧げなケイの呪紋を刻む儀式。手繰れよ僕の記憶。体を焼き切るまで。
忘れるものか。こんなことは10代でたくさんだ。うんざりだ。誰かがいなくなるなんて、僕だけでいいんだ――だから、
――だから?
僕は気合を入れて、呪紋を御守りに刻もうとする。命を吸われるような感覚。構うもんか。
でも、足りない。多分、これじゃあ足りないんだ。
――さて、これで終わりだな。
ブワッと風と光の奔流があふれ出て、アリエスだった女神の劣化コピーをとらえる。
「お姉ちゃん、こんなの認めないからっ」
ポトンと落ちる女神の劣化コピー。そこから白い何かが飛び出て、御守りに吸われた。
白い白い光があふれ、鱗粉のように舞う。まるで光の祭りのように。
光は舞い踊り、舞い踊り。綺麗な舞踏会を開いた姿は本当に美しく――体にしみいるような感覚を与えてくれる。
マオウの腹に吸い込まれ、彼女の体を包み込み、腹の穴を治した。
最後にその姿を。
最後に御守りがぐずぐずと崩れ落ちていく。
「ありがとう」
僕は御守りに感謝した。
あと、呪いよそれなりに感謝してやるよ。
虚空を見つめるも呪いは何も答えなかった。さて。次の呪いのいたずらは何かな、と思う僕ですが。
マオウの猫耳としっぽにまとわりついて、終わらせた。
気付けば血色がよくなり、寝息のような音と立てているくらいな光景。ああよかったと思うんだ。
うん、終わらせたんだけど、ネ。
どういうことですか?
「アレ? どういうことですかコレ?」
茶色い耳の色はそのままなのに、耳がびょーんと伸びている。非常に長耳。
お尻のしっぽは小さくなって、ボンボンのようで、まるで。
「兎耳になってるねえ。これまた」
「猫又ならぬ、兎又ですかねこれ?」
「いや、うまいこと言ったつもりでも本人傷つくと思うが、どうだろうか」
ローズさん、ごもっともです。嫌だろうなあ。
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