第8話 死んでやる



「できたぞお前ら! 食え食え!」

 居間のテーブルで席に着く俺たちそれぞれの前に、湯気の立つ皿が置かれる。

「すっげえ……うまそう……」

「やったー! ハンバーグだー!!」

 俺の隣で大喜びではしゃぐ少女。俺が例の組織から逃げ切ることができたのは彼女のおかげだ。栗色の艶めく髪の毛を胸のあたりまで伸び、前髪はおでこから耳の方へかけて日本のヘアピンで簡単に止められている。

穏やかそうな雰囲気に整った顔は、しょっちゅうコロコロと表情を変える。俺より二つ年上の十七歳らしい。年齢の割には子供っぽい性格の気がする。しかしどんなときも余裕そうへらへらしている一面を考慮するとはっきりそう言い切ることもできない。

電気人間で戦闘に秀でており、ここではボディーガード兼探偵。時々、夜の街に出ては悪さをする連中を追い払っているらしい。

そんな気楽な少女は自らを七宮 茜と名乗った。


「今日は太一の就職祝い兼、歓迎会だからな! 俺の本気のハンバーグだ! 残さず食えよ!」

「ありがとうございます、坂本さん!」

 彼はうなずいて親指を立てる。

 坂本 平蔵。ここの家政夫としてあらゆる家事を器用にこなす。その家庭的な特技にも関わらずギャンブル狂の彼は競馬、競輪、競艇、パチンコなどの賭け事が唯一にして最大の趣味らしい。背中まで伸びた濃い黒色の長髪をポニーテールにしてまとめている。二十四歳。運動不足で動けないが一応、電気人間だ。

「うまうまうまうま」

「こら茜、ゆっくり食べろ。また喉に詰まらせるぞ」

 自分より年上の茜さんに親のように注意しているのは、九条 真紀。小学四年生の十歳。複数の中小企業を経営しており、その一環としてこの探偵事務所も運営している。黒髪にカチューシャをつけている。身長だけが、目で見てわかる子供らしさだ。

 三人は今まで一緒にこの探偵事務所で生活しており、俺を労働を対価に保護してくれることになった。

「人工黒雷か」

「そうだ、それがお前の体が変わってしまった原因だ。従来の電気人間に対抗するため、新しい電気人間を生み出そうと開発された黒雷。まあ、見たところ発想自体はシンプルだな。電気を通さない絶縁体であるガラスで体を覆って電撃を防ぎ、その硬度で攻撃する」


「でも人工黒雷はあくまで人間が作ったものだ。天然のものと違って、自分で電圧を生み出すことはできない。大量の抑制剤を摂取すればもとの体に戻れるはずだ」

「しかしいつまでもというわけにはいかない。なるべく早くした方がいい。じゃないと天然並みの質に変わりかねない。腕が瞬時に二本も生えてくるだなんて、茜でもあり得ないレベルだ。お前の適性の高さなら何が起きてもおかしくはないはずだからな。

「私も勝てない相手が生まれるとまずいから協力するよ

「カンパニーの頭目は今大病を患っている。まあもうすぐ死ぬだろうな」

「じゃあ今は一体だれが指示を?」

「やつには二人の子供がいてな。長男が指揮を執ってる。組織が完全に引き継がれたわけではないが、実質的な権力はその京利という男の手にある」

「その長女は今何をしてるんだ?」

「今お前の前でハンバーグを食べてるよ。私だ」

「はあ?!」

「京利は私の兄だ。あのタチの悪い家に嫌気がさしてな。家出したんだ」

「そんな簡単にマフィアの家から逃げてこれたのか? 追手とかなかったのか?」

「そりゃあったさ、その連中をぶっ飛ばすのが茜の仕事だ。給料も高い」

「なのです!」

「茜は電気人間として私の知るデータ上では最高の電圧を生み出せる。まあはっきり言って、最強なんだ。誰もこいつの電撃には勝てない」

「でもな、私もこいつも家事ができない。そこで、パチンコ屋の前に発狂してたこいつに声をかけたら家事が得意だって言うから雇うことにしたんだ。無論、私の社員なので給料は高い」

「そういうことだ。おかげでもっとたくさんギャンブルに勤しむことができるってもんよ」

「まあ、貯金がマイナスなのは変わらないけどな」

「お前の給料も悪くはしない。うちはホワイト企業だからな」

 自分の会社をホワイト企業だと自信たっぷりに話す小学生なんてそういないだろう。まあなんにせよ、俺の居場所は見つかったのだ。

「カンパニーの頭目の娘と言っても、研究の詳しい内容は知ることができなかった。複数ある邸宅のうちどこが本拠地なのかすら知らない。お前の体をもとに戻すための抑制剤を探すのも少し時間がかかるはずだ」


「そもそも、俺に探偵なんてできますかね? そんなことしたこともないし……」

 真紀はため息をつくと、添えられた玉ねぎを俺の皿に移して言った。

「お前、見るからにまだ十五、六だろ?」

「十五だけど……」

「ったく、そんな若いのに物事を最初からあきらめるな。坂本のギャンブル精神を見習え。どんなに負けても次こそは勝てると思って金をつぎ込むんだぞ」

 真紀は小学生だと言っていたから明らかに俺より年下なのにやたら大人びたことを言う。この事務所を経営しているだけある。そして、坂本さんのそういう面は見習いたくない。

「いいか? やったことがないからできないかもしれないなんて、訳の分からないことは言うな。そもそもやったこともないのに、どうしてできないと言い切れる? お前はまだ見ていない玉ねぎをないと言い切れるのか?」

 俺は自然とうなずいてしまった。

「そういうことだ。しっかり働けよ」

 真紀はそう笑うと、席から立ち上がった。

「真紀、一つだけいいか?」

「なんだ?」

「玉ねぎを俺の皿に移したのは見ていたぞ」

「うぐっ」

「なんだと?! おい、真紀! てめぇまた俺の作った野菜を残す気か?! ちゃんと食ってから行け!」

「んぐぐぅ……」

 

 とにかく、やるべきことははっきりしたのだ。

 俺は死ぬために元の体に戻らなければならない。そのために大量の抑制剤を手に入れる。今度こそ死んでやる。



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