第4話

懐かしい夢を見た。


目が覚めて夢だと自覚する。うっすらと見える天井を見つめながら、俺は今見た夢について考える。


凛と初めて話した日。今まで遠い存在だった凛との距離が突然グッと縮まったあの日は、今後一切忘れることのないであろう。嬉しくて、楽しくて、辛くて、寂しい……

今後も何度となくあの日を思い出して、俺はどんな気持ちになるだろう。


研究が進まなければ凛のそばに再び行くことができない。凛に会いたいという気持ちだけが先行して、焦燥感がこの記憶を凛との決して埋めることのできない距離をありありと俺自身が感じてしまうのではないだろうか。


それは嫌だ。絶対に。


凛は自分の意志でこの時代から去っていった。人工知能が発達して世界を蝕もうとしているこの時代を。


『私、この実験に協力したい』


夢の中でも、そして本音を打ち明けてくれた時に見せた凛のあの困った表情がいつまでも脳裏から離れない。あんな悲しい表情をする凛なんて、見たくない。でも凛のそばにいられない人生なんて、無機質で冷たいものになるだろう。

だからもしまた出会えたら、凛には二度とあんな顔をさせない。

こんな時代も、聞けなかった悩みも、全部俺が一緒に背負えるように。


……起きよう。


俺は立ち上がり枕元に置いてあったメガネをかける。2010年ごろから台頭したスマートフォンの機能を眼鏡に埋め込み、操作自体は視線や脳波で行うタイプの端末が今の主流となっている。

俺が子供の頃は将来のスマートフォンは腕から液晶が出てきたり、コンタクトレンズ型になっていたりと夢が膨らんでいたが、ここ数10年程度の進歩ならこれくらいが関の山だろう。


『新着メッセージ一件:差出人不明』


友人からのメッセージや研究で関わっている方からの連絡など、そんな中にそんなメッセージが入っていた。普段なら中身も見ないで削除するところだったが、


『研究協力について』


という件名を見つけ、このメールが一気に不気味で怪しげな雰囲気を帯び始める。

『このメッセージ見せて』。

音声操作の機械は不便だと感じるが、思考が先行して誤作動を起こしてしまうこの端末よりかは便利なのかもしれない。この時ほど科学技術の進歩を恨んだ瞬間はない。


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研究協力について


真瀬海斗様


日々の研究、大変興味深く拝見させていただいています。

是非一度会ってお話ししてみたいです。


あなたの大切な方の話や、私の方からも有益な話ができればと思います。


時間に余裕がございましたら、写真の場所まで来ていただけると嬉しいです。

もちろんお土産も用意してあるので、是非一度いらっしゃってください。


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最後まで名乗らないくせしてどこまでも丁寧に書かれた文章に、俺の中にあった不安はより一層大きくなっていった。なぜなら、俺は研究に関する情報を一般に公開してはいないからだ。

協力してくれる人に対しては詳細に進捗を共有しているが、みんな顔も名前も知れている関係にある。それに、進捗を随時共有している相手はおらず、『日々の研究』なんて言葉の付け方からして毎日俺の研究を見ているということになる。


それに「あなたの大切な方」という言い方。俺のことを知っている人物であることには違いない。


物好きなハッカー、ならありがたい。俺はそう考えながらメッセージの出元を辿る。しかし……


「出ない……」


何度も確認するが、どうしても特定することができなかった。

不安、不気味、不審。

いろんな気持ちが首筋あたりを伝って、全身を巡っていく。宙ぶらりんになっていた手が少しずつ震えているのがわかる。


行けばどうなるだろうか


こんなメッセージを送ってくるやつなんてろくな奴がいない。写真の場所は、マップ上に表示すると今はもう使われていない研究施設のようだった。俺が大学生だった頃に何度か訪れたことがある。

全くの初見の場所というわけでもない。俺のことを知っている協力者である可能性もある……


俺は考えながら視線を下の方へ向けると、机の上に置かれた写真が目に入った。

俺と凛が結婚した時に撮影したものだ。式こそあげなかったが、俺たちの両親を呼んで全員で取れて満足そうな凛の顔がそこにはあった。


太陽みたいに笑う凛のそばに居たい。


考えがまとまってからの行動は早かった。外出用の服を着て、万が一のために作ってあった手製の拳銃を胸の裏ポケットに収める。銃や刀を所持してはいけないが、簡単に作れるため最近では材料の取引も規制されているが、なんとか作成することに成功した。


「じいさん、ちょっと外出かけてく……寝てるし」


いつものようにじいさんに言おうと和室を覗くが、じいさんも昼寝中だったらしい。

中まで入って毛布を押し入れから取り出し、床に横になっているじいさんにかけてあげる。

いつも手に持っているタブレット端末は電源が切れているのか画面が真っ暗だった。


「行ってきます」

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