第3話

本松凛とは高校の同級生だった。

海斗は昔から一人で機械いじりや演算を延々と行う寡黙な少年で、その正反対の性格を型取る凛。クラスの中心人物的な存在だった凛の事を、教室の隅で無機物とよろしくやっていた海斗はずっと遠い存在だと感じていた。


「よっ海斗クン!ずっと一人で何やってるんだい?」


ある日の授業後、教室に居残っていた海斗に恐ろしいほどフレンドリーに接触してきたのが最初の思い出。

凛の純粋な好奇心に、海斗が共鳴するように知識を語り始めた。

気が付けば海斗は自分のパソコンを机に広げ、機械学習の基礎についての講義を始めるまでになる。


「こうやって入力された値ごとにと予測値との差を2乗して、それぞれの値ごとの合計がより少なるような直線を―――ってこんなことに興味ないか。ごめんね」

「なんであやまるの?」

「えっと、ちょっと話し過ぎたかなー、って」

「え?……あはは!全然いいのに!それより続き聞かせてよ、続き!」


また海斗の想像とは裏腹に凜は人一倍好奇心が強く、また海斗の数分の説明で機械学習の基礎の知識を理解してしまう程には聡明な女性だった。


「じゃあ最近勉強してる微分とかもここに応用されてる訳か!なるほどなあ」

「……はい、その通りです」


1時間も機械学習について授業をすれば、凜はすっかり海斗が理解している範囲まで到達してしまった。海斗はもはや彼女に対して不快なんて思う事は無くなり、純粋に同じ話題で話せる相手を見つけた海斗は驚愕すると共に、密かに歓喜していた。


「本松さんって、意外と頭いいんだね」

「意外とは何事だ!?」

「あっごめん!」

「んふふ、いーよ。んまあ、面白いなーって思ったら理解できるんだけどね。学校の勉強とかはつまんないからやらない」


パソコン上の演算されたデータをスクロールしながら凛はつぶやいた。海斗は気がつけばその横顔から目が離せなくなる。

強い興味。

当時の海斗には、それを恋と呼ぶことはできなかった。


「真瀬君こそ、高校生でここまで勉強してるなんてすごいじゃん―――ねね、なんでこんなに勉強できるの?」

「俺はじいさんが人工知能を研究している人だから、物心ついた時には機械がいっぱいあったから……ですかね」

「ふーん……え、まさか真瀬真司?人工知能の開発を大きく進歩させたーみたいなやつ!」

「う、うん、その人」

「すっご!有名人じゃん!それだったらこんなに勉強できるのもわかる!」


凛が興奮気味に話していたこともあり、海斗もその熱に当てられて話が弾んでいく。


「そう、そうなんだよ!じいさんはずっと研究してて、幾つもすごい論文を書いていて―――『人口知能が人間が幸福にする』って、本当に実現させようとしてるんだ!」


海斗は単純に真司について話せる仲間を見つけていて歓喜していた。教室でも、家でも1人だった海斗には真司の存在とこよなく愛している分野の話に好奇心を抱いている目の前の少女に少しでも伝えたくて―――


「……あー、そう、なんだ」


凛の表情の変化には気がつくことができなかった。


「あ、そろそろ美奈が部活終わる時間だから、今日は行くよ―――また教えてね」


気がつけば教室の窓からはオレンジ色の日光が差し込んでいた。部活に打ち込んでいた生徒たちの声も聞こえなくなり、最終下校時間を知らせるアナウンスがスピーカーから流れていた。


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