第25話 決着。
「門限は20時よ」
『!』
ようやく泣き止んだ佐々倉さんと隣り合ってテーブルに座る俺達。
向かいに居る雅子さんが腕を組んで仏頂面を浮かべている。
なんだあの表情……
しかし、今の一言だけで伝わった。
「お母様、それではみやびさんの事を──」
「勘違いしないで頂戴」
「へ?」
雅子さんは少し顔を赤くしたかと思うと、俺達からぷいっと顔を背けた。
「あなたがあまりにも必死だったから無下にするのは可哀想だと思っただけ……それだけだから!」
「は、はぁ……」
この人マジか。
まさかのツンデレだと……
と、年増のツンデレとか正直見るに耐え──
「諒太さん……言いたい事全部顔に出てますよ……」
「おっと、すまん」
佐々倉さんがこそっと肘打ちをしながら、俺が犯しそうだった失敗を咎めてくれた。
ここまで来て機嫌を損ねて無かった事にされちゃたまらんからな。
て言うか雅子さん、何か途中からタメ口なんだよなぁ……
いや全然年上だから構わないんだけど、なんか距離感の近い雰囲気があると言うか……
俺がさっき無意識にタメ口で言いたい事言い切ってしまったからか?
「それで、今後の活動の事だけど」
「! は、はい」
俺は改めて姿勢を正し、雅子さんの顔を真剣に見つめた。
ん……?なんか顔逸らされたんだけど……
「……そ、その、私から出す条件は2つよ。それが守れないなら今後みやびのVtuberとしての活動は認めません」
「……聞かせて下さい」
雅子さんは咳払いをした後、きっと目を細めて弛んだ雰囲気を閉め直した。
元はあんたが持ち込んだ雰囲気だがな……
「まず1つ目。浅田さん、今後みやびがVtuberである限り責任持って向き合いなさい。辞める時が来てもこの子が食いはぐれる事が絶対無いように指導する事」
それは言われるまでも無いことだ。
俺は深く頷いて答えた。
「勿論です」
「この子に掛かるお金は全て私が出すからそこは心配要らないわ」
「……はい」
正直それはかなり助かる。
この会話では言わなかったが、この子の大学の費用まで面倒見させられたら結構きつい。
雅子さんは当然として、俺だってさすがに大学には行って貰うよう佐々倉さんを導くつもりだ。
「そして2つ目。ある意味ではこちらの方が大事な事よ」
「?」
俺は何を言われるか分からず、きょとんとしながら雅子さんの言葉を待った。
「みやび。あなたのあの配信……よろしくないわ」
「ど、どういう事……?」
「げっ」
「諒太さん?」
「……」
俺は今の一言でピンと来てしまった。
……やっぱそうだよなぁ避けては通れないよなぁ……
そう、雅子さんの言うであろう条件は──
「あの男性にすがりまくった配信だけは辞めなさい。私はあなたを男に頼って生きて行くような女に育てた覚えはありません」
「えっ!?」
「……」
やっぱそれか……!!
あの、男を虜にするような、ひなのが言う"きしょい"配信……
あれだけは文句を言われても仕方ない……!!
正直、これに関しては雅子さんが超正しい。
何と言うか、年端もいかない少女があのやり方でお金を稼ぐ事を覚えたらロクな事にならん。
俺は何も言えず親子の会話を見守った。
「わ、私がどんな配信しようと勝手でしょ!?」
「いいえ。あれは無いわ。以前のように歌でも唄って──」
「それじゃ伸びないの!今あのスタイルがウケてるんだから口挟んで来ないでよ!!」
「これを飲めないなら今回の話は無かった事にするわ。それで良いの?」
「ぐぅっ……」
「ふんっ」
お互い子供っぽく拗ねた顔を作ってまぁ……
……何だろう、この親子本当は仲が良いんじゃないだろうか。
仕方ない。
そもそもあの配信のやり方はこの先出来ない。
これから先この子が所属するのはVtuberの頂点の事務所なのだから。
俺は2人の間を割くように会話に入った。
「こほん。お母様、あの配信はこれから先行いませんよ。安心して下さい」
「えぇ!?諒太さん!私を裏切──」
「お黙りなさい」
「ふぇ!?」
「諒太君、聞かせて下さる?」
「え?えぇ……」
何か急に名前で呼ばれたんだけど。
ま、まぁ良い……か?
俺は先ほどの"Emo"の立ち上げる新事務所の推薦状を指差した。
「お母様、そして佐々倉さん。これから所属するのはVtuberの中でも一番と言われる"Emo"の事務所です。当然お色気キャラのような"Emo"のイメージを下げる事は出来ませんから」
「あ、あの諒太さんさっきから気になってたんですけど……こ、これって本物ですか……?」
ぶるぶると震えながら俺の腕にしがみつく佐々倉さん。
近いってば……
「あぁ。俺が出てた配信見てくれ無かったのか?"Emo"は俺の知り合いなんだ」
「……………………嘘」
「本当だって」
「だ、だって!!!」
佐々倉さんは急に立ち上がって俺の体を揺らす。
「おかしいですよ!!諒太さん、"Emo"様の事知らなかったじゃないですか!?」
「あー……あの時はまだ知り合いだって事気付いて無かったんだ」
「で、でもでも!!」
「佐々倉さん」
俺も立ち上げり、テンパって表情の落ち着かない彼女の両肩に手を置いた。
「全部本当の事だ。これから君は憧れの配信者と同じ事務所で活動していくんだ。覚悟が無いなら君の挑戦はここまでになる。俺は君の意思を尊重するよ」
「……そんなの……」
佐々倉さんは一瞬俯いた後、あかりと同じ瞳で俺を真っ直ぐに見上げた。
「やります……!!やるに決まってます……!!!」
「だ、そうですよ。お母様?」
俺は決心を決めた佐々倉さんの肩を抱きながら、ニヤリと雅子さんの方を向く。
「……好きにしなさい」
「母さん……ありがとう」
「……傷付いて、壊されて、打ちのめされるかも知れないわよ?」
「……だね。でも良いの。だって──」
佐々倉さんは俺の体にしがみついてにっこりと笑った。
「──私には
「そう……なら精々頑張る事ね」
「うんっ!!」
佐々倉さんの瞳にもう涙は残って居なかった。
ようやく一件落着か……
はー疲れた。
俺は両腕を回す佐々倉さんの腕を解き、どっしりと椅子に座った。
「諒太君、最後に少し良い?」
「え?どうしたんですか?」
まだ何かあるのか?
もう疲れたよぉ……手短にしてくれよ……
雅子さんは真面目な顔で俺に自分のスマホを差し出して来た。
画面にはQRコードが映っている。
ん……?これって──
「毎月2回、みやびの進捗を報告する事。だ、だからこれ……私の連絡先よ。それと会うなら平日はダメよ、仕事があるからね。出来れば近所のカフェじゃなく……そうね繁華街のバーとかの方が良いわ。あ、あとそれと──」
「ちょちょちょ、待って下さいお母様!進捗の報告しますが、その会ってする程の事では……!!」
「……母さん……」
ぐいっと前のめりになって俺の顔に近付く雅子さん。
おい、なに諦めた顔してんだ佐々倉さん!
君の母親が何かおかしいぞ!?
「嫌だお母様だなんてよそよそしい……雅子と呼んで。いや、呼びなさい諒太君」
「いぃ!?」
近付いて分かるがこの人本当美人だな……!?
40過ぎてるよな?シワとか一つもないんだが……!
胸もでけぇし……このDNAが佐々倉さんに……
などと考えたせいで、少し頬を赤らめてしまったのを佐々倉さんは見逃さなかった。
「諒太さんっ!!なに母相手に興奮してるんですか!!」
「し、してねーてって!?」
「嘘です!全く、いやらしい……大体気付かなかったんですか?母はミュージシャンと付き合って子供まで作っちゃう人です。本質は情熱がある人が大好きで惚れっぽいんですよ……」
な、なるほど……良く分かる性格分析をありがとう……
「みやび、あなた母親の事をそんな風に思ってたの?失礼な、惚れてなんてないわ」
「……へぇ」
「ただ少しあの人に似てるから意地悪したら倍返しにされちゃって……その……」
「ちょ、手握らないで!?佐々倉さん、君も止めてくれ!!」
「か、母さん!!」
「あらやだ、つい」
……結局この日、俺が帰路につく頃には辺りは真っ暗になっていた。
ひなのなんかリビングですっかり寝付いてしまっていた。
ごめんな、ひなの……
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