第23話 通い妻は願った。


 江本の家を訪れてから1日ゆっくりして今日は8月15日。


 加えて言うなら佐々倉さんが我が家を出てから4日目か。


 朝、あの子がキッチンに立つ姿が見れなくなってもう4日か……


 この夏が始まるまではそれが当たり前だった。

 それが今や俺の、いや俺達の日常には彼女がいる光景が当たり前になっている。


 全く。せっかく通い妻になったのに家出JKに逆戻りしてどうすんだよ。


 ……絶対連れ帰ってやるからな。

 

 あんな悲しい顔で普通のJKに戻るなんて二度と言わせない。


 辞める時は心からの笑顔で辞めるまで俺は彼女を諦めない。

 だってそれがあかりの──


「……パピー、行くのか?」

「! おはようひなの」

「おーいぇ」


 適当に手を挙げて返事をするひなのは眠そうに目をこすっている。


「何度も付き合わせて悪いなひなの。でもこれで最後だ」

「おぉ、何かカックイイな!」

「カッコイイな。さっさと朝飯食って着替えを済ませよう」

「うむ!」


 俺達はパパっとパンをかじってオフカジュアルな服装に着替えた。


 きちんと連絡は入れたし手土産は持った。

 それに静から貰った武器もカバンに入れた。


 準備は完璧だ。


「さぁ行こうひなの。リベンジマッチだ」

「了解、パピー!!」





「……諒太さん……」


 昨日、諒太さんから『明日もう一度だけお母さんと会わせて欲しい。日時や場所は全て合わせるからきちんと伝えて欲しい』とのメールが来ました。


 初めはお断りの返事をするつもりでした。


 ですが……Emo様の配信に出演している諒太さんの不器用な頑張りや、それに対するリスナーの応援に、何か……何か心が揺れてしまって……


 私にも……本当に初期の初期から応援してくれていた人が居るのを思い出して、どうしても沸々と湧いてくる想いがこう返事をしていました。


 『──明日、待ってます』と。


 母に諒太さんがもう一度面会したがっている事を伝えた時、とても冷たい顔をしていました。


 ……諒太さん、母は手強いですよ。一体この短い期間でどうやってあの堅物を動かす気ですか?


 はっきり言って無理だと思います。

 私も精一杯戦った上で今こうやって燻っているのですから。


 だけど──


「やっぱり……期待しちゃいますよ……」


 こんな勝手な気持ち、持っちゃいけないのに。

 それでも諒太さんなら私をもう一度あの世界へ連れ出してくれる気がして……!


 ……本当、私って諒太さんに迷惑掛けてばっかり。


 ──コンコンッ。


「! 母さん?」


 私がベッドの上で沈んでいると、ドアの向こうから声が聞こえて来ます。


『そうよ。みやび、浅田さん達が来ても今日はもうここに居なさい。良いわね?』

「ど、どうして!?」


 わ、わたしだって諒太さんに会いたい!

 だってこれが本当に最後になるのかも知れないんだから……


 ですが、母さんはそれを許しません。


『そろそろ私の言う事を黙って聞きなさい。それがあなたの為なの』

「……母さんはいつだってそう。全部自分の価値観を押し付けて来る……」

『あなたはまだ子供よ。今はまだ大人の言う事を聞いていれば良いの。そうしていれば──』


 母がこうやって言う時、決まって最後に出てくる言葉があります。

 それが──


「──父さんのようにはならないで済む、でしょ」

『……分かっているのなら構わないわ。良いこと、出て来ては駄目よ』

「……」

『……』


 そうして母が私の部屋から離れていく気配がしました。


 結局私は子供で、母に対して逆らったりなんて出来ません。

 一時的な反抗は出来ても最後はここに戻って来てしまう。


 ……通い妻なんて、私には過ぎた話だったんです。


「諒太さん……ひなのちゃん……わたしは……」


 それでもやっぱりあの家に──


 ──ピンポーン。


「!!」


 部屋の窓から外を眺めると、そこにはピシッと決めた大人の男性と可愛らしい女の子が居ました。


 今日は声を掛けられない。

 だけどせめて、この想いを届けたい。


 諒太さん、ひなのちゃん。

 私はあの家に帰りたいです……!!

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