第22話 後輩は幸せそうだった。
こいつ今なんて言った?
一緒に配信?俺が?江本と???
「いやいや無理無理無理無理!!!」
俺は思いきり手をブンブン振って笑顔の江本から遠ざかる。
「えー良いじゃないですかぁ~。」
「良いわけあるか!」
こんな情弱の俺が配信だと!?無理に決まってんだろ!!
俺が強烈に拒絶している最中、暇を持て余していたひなのが目を輝かせて俺の胸元に飛び込んだ。
「パピー!!ひなもお金持ちになりたい!!」
「なれんなれん!こういうのは運と実力を兼ね備えた奴しか出来んって!」
「いやーそんな固くならなくて大丈夫ですよ?MiyaBiと違って私キャラ作りとかしてませんし、先輩はあくまで私のアシスタント的な感じで出てくれれば」
そうは言われてもなぁ……
「俺はさ……こんなド素人がお邪魔してファンに叩かれる江本を見たくないんだ」
「え?」
「だってお前、めちゃめちゃ有名人なんだろ?ちょっとでも評判を落とさせたくないって言うか……」
「……先輩……」
江本は急に顔を赤くして俺から目線を外した。
そんな彼女を見て何か勘違いしたのかひなのがジト目を向けてくる。
「……浮気け?」
「ちゃ、ちゃうわい!」
てかひなの、佐々倉さんは良くて江本は駄目なんだな。
可哀想に江本……幼児に嫌われて……
「ちょっとひなひな?言ってるでしょ?私が本妻なの!浮気相手じゃないから!」
「むむ!天才様にそう言われれとひなは反抗出来ん!!」
お前盆栽いじりはどこ行ったんだよ。
「まぁそういう訳だ。江本、悪いが──」
「あ、でも私のファンに私を叩く人居ないんでとりあえずやってみましょっか!」
「え、嘘だろ?おい、引っ張るなっておい!おいぃぃいい!!!」
※
「退屈……」
配信業も引退して、諒太さん達とも会わず、私はベッドの上でゴロゴロと1日を無意味なものにしようとしていました。
結局私には分不相応な夢だったんです。
いつか"Emo"様みたいになれるかなって頑張ってきたけど、やっぱり母さんは普通に生きなさいって……
ずっと私を見てくれていたファンの皆にも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
もう諒太さん達とも会えない。
会う理由がない。
配信業と諒太さん達と会えないの、どちらが辛いと言われたら正直今のは私に答えは出せません。
だってどっちも同じくらい辛いんです。
諒太さん……私どうすれば良いですか……教えて下さい……
「あ、Emo様の配信……」
ぼーっとスマホを眺めていると、私の憧れの人であるVtuberが配信を始めるとの通知が来ました。
私はEmo様のSNSは全て登録してますからね。えへん。
……正直、これを見ようとしている自分が良く分かりません。
まだあの世界に未練があるのか、ただ純粋にEmo様が好きなのか……
気が付けば配信が始まっていました。
スマホから流れるEmo様の美声が聞こえてきます。
『あー……皆~聞こえてる?Emoだよぉ~。今日さ、ちょいと特別ゲストに来て貰ってるからもしそゆのが嫌だったらブラバ推奨だよん!』
へぇ、今日はコラボ相手でも来てるのかな?
私は呑気に紅茶を飲みながらその特別ゲストさんを待ちました。
『さぁ、おいで!!』
Emo様の掛け声と共に聞こえてきたのはとても聞き覚えのある声でした。
『……ど、どうも~……Ryoで~す。み、皆さんよろしくぅ』
「ぶぅぅーーーー!!」
はしたなく飲んでいた紅茶を撒き散らしてしまいます。
そして私はこう叫びます。
「りょりょりょ、諒太さん!?」
※
「それじゃ皆今日も来てくれてありがとね~!ほなまた!」
1時間にも満たない僅かな時間、俺達2人に向けられたカメラやマイクのスイッチを江本は優しく切っていく。
「つ、疲れた……!!」
「おつかれいパピー」
「うぃ~……」
江本家の高そうなテーブルの上でうなだれる俺をパタパタとひなのがうちわで扇いでくれている。
だがそれもほんの少しの間で、俺の冷や汗が収まるや江本が持つ最新ゲームをしに行ってしまった。
結局強引に江本の配信にお手伝いとして参加した訳だが、これが想像以上にきつかった。
何がきついって、コメント欄が優しすぎて逆にしんどいの!!
今日の配信内容はただの雑談配信で、上がってくるスパチャコメントを読み上げるのが俺の仕事だった。
本来であれば江本に読んで貰う為にわざわざ金を払ってるんだろうに……
噛み倒すし、スムーズに進行出来んしで足引っ張りまくりでマジで申し訳ない。
ただ視聴者は逆にそれを面白がってか、俺に応援コメントが届くという謎のスパイラル。
世間様に醜態晒してしまった……
それにしてもコメント、か。
そう言えば──
「先輩っ!おつかれっす!」
「……恨むぞ江本ぉ……」
俺の肩をぽん、と叩いて労ってくれるのは嬉しい。が、しかし睨んでしまうのは仕方ないよな。
「いやー思ったより先輩ガチガチでびっくりしましたよ。ウケる」
「初心者を笑うな。もう二度とごめんだ」
「元気出せパピー。じぇーけーよりはきしょくなかったぞ」
「……あんま喜べんな」
「はぁ~~~……」と、深くため息を吐いた俺の隣に江本が座る。
「でも良い経験だったでしょ。少しは"MiyaBi"の気持ちが分かったんじゃないですか?」
「! お前……その為に……?」
「私はただ先輩と一緒に配信したかっただけですけどね」
「……そうか」
素直じゃないやつだ。
だが江本の言う通り本当に良い経験だったかもな。
それに……
「佐々倉さん、見てくれてたかな……」
「この前のJKがどうかしたんですか?」
「!! な、なんでもない」
「……」
すげぇジト目を向けられてる……
いやまぁ本当別に隠すこっちゃ無いんだけどさ。
逆にペラペラ喋る事でもないしなぁ。
江本も江本で"MiyaBi"を良く思ってないっぽいし。
俺が唸りながらどうするべきか悩んでいると、江本が俺の頬をつつく。
「何度も言うようですが、あまり未成年に入れ込んじゃ駄目ですよ。マジで」
「……まぁそうなんだがそうもいかなくってな」
「……ふーん。今度は否定しない、か」
「江本?」
江本は急に立ち上がり、1枚の用紙を持ってきた。
「先輩、これあげます」
「ん?これは……」
「先輩が今日うちに来てくれたお礼ですよ」
彼女が俺に見せてくれた用紙には、俺が佐々倉・母と戦う為に欲しかったものが記載されていた。
「良いのか、これ」
「敵に塩を送るみたいで嫌ですが、私の
「……?」
「それをあげる代わりに一つ約束して下さい」
江本は後ろ手を組み、優しく微笑んでいる。
ここまでされちゃ俺に出来る事は全部やらないとな。
だから俺はこう答えた。
「おう。何でも言ってくれ」
茶色の長い髪で顔を少し隠す美しい後輩は、頬を真っ赤にして恥ずかしそうに告げる。
「……わ、私の事……な、名前で、呼んで欲しい、です……!」
数瞬の間、俺は固まってしまった。
気恥ずかしそうにしている彼女があまりにも可愛らしくて、面白くて。
「ちょ、ちょっと!何とか言って下さいよ先輩!!」
思わずポカーンとしている俺の肩を揺さぶる彼女は耳までもを赤く染めている。
……ったく、本当に可愛い後輩だよ。
「悪い悪い、まさかそんなお願いだと思わなくって」
「も、もう……嫌なら呼ばなくて良いですよばか!」
「嫌だなんて言ってねーだろ?あ、それよりひなの!そろそろ帰るぞ!」
「ん?あいさ!!」
俺は広いリビングでゲームを遊んでいたひなのを呼びつけた。
ひなのはすぐにゲームを手放し俺の元へやって来る。
本当はもっとやりたかったろうに、今度買ってやるか。
俺達がそうして帰り支度を始めると、江本が俺の腕を掴んだ。
「え、ちょ、もう帰るんですか!?泊まってって下さいよ!!」
「いや、さすがにそういう訳にはいかないって。お前さえ良ければまた遊びに来るからさ」
「ひなもまた来たいぞ!!」
「……や、約束ですよ。来なかったら拗ねますから」
「拗ねんなよ。強かなお前はどこに行ったんだ?」
「し、知りませんっ」
やれやれ……
俺とひなのは玄関へ向かい、ノブに手を掛けて江本の方へと振り向いた。
「じゃあ今日はありがとう。またな
「……!」
江本は──静は、一瞬驚いた顔をした後、満面の笑みで俺達を見送った。
「はいっ、諒太先輩!」
俺も笑顔を返し、玄関を出た。
ドアの間からいつまでも手を振っている静に、ひなのもぶんぶんと両手を振った。
「じゃなー天才様ーー!」
「ふふ、またおいでひなひな!」
お前らあんまマンションの廊下で騒ぐなよな。全く……
まぁ口にはしなかったけどな。
今日くらいは許して下さいご近所様。
だって俺の大事な後輩が凄く幸せそうな顔をしているから──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます