第20話 佐々倉・母攻略が始まった。
あかりの手紙を読み終えた俺はしばらくの間動けずに居た。
涙が手紙に付かないようにするのに必死で、止めようと思えば思う程溢れて来るんだ。
これはもう一度あかりの存在を感じられた幸せから来る涙だからきっと許してくれる。
「……大体、なぁ……!!」
こんなの見せられて泣かないわけがないんだよ……!!
「あかり……!ぁあっ……あか、りっ……!!」
俺だってずっと愛してる。
何年経ったってこの想いが欠ける事は少しもない。
未来永劫俺はあかりを愛してる。
それにな、お前に泣き止めなんて言われたくないんだよ。
涙で文字が滲みまくってんだよばーか。
結局、これは天国からの手紙だったのか。
その答えは手紙の中のあかりと、便箋の中に入っていた小さなメモが否定してくれた。
便箋の中にはひなのへのもう一枚の手紙。
そして"中身は見ていません。ベッド裏に隠してあったの落ちていたので少しだけ分かりやすい位置に直します。絶対見付けてあげて下さいね"と書かれたメモ。
間違いない、佐々倉さんの仕業だろう。
彼女がこの部屋で過ごした時間は少なくない。
配信にあたって整備をしていた時に見付けたんだろう。
なんだ……あかりの予想通りじゃないか。
この手紙を見付けたのは佐々倉さんだったんだ。
俺一人じゃ絶対見付けられなかった。
……こりゃ、2発殴られる覚悟が必要だな。
ったく……なんの因果か……
あかりそっくりの女の子があかりの遺した最後のメッセージを俺に託し、その彼女はあかりと同じように俺の元から離れた。
だけど、あかりとは一つだけ違う点がある。
佐々倉さんはまだ守ってやる事が出来る。
俺は……まだ彼女と関わるべきなのだろうか。
疑念は晴れない。
けれど。
俺には叶えるべきあかりからの"ワガママ"がある。
俺は仏壇の遺影を元の場所に戻し、涙を拭いた。
「あかり……俺、見付けたよ。守りたい女の子ってやつ。まだひなののお母さんになる相手って訳じゃないけどさ。でも、今度こそ後悔しないようにやってみるよ」
だから……
「だからさ……あかり……!俺の方こそありがとうな……!全部、全部お前が居たから今日まで来れたんだ……!もう、俺の事は心配しないで良いからなっ……ひなのの事は任せろ!世界一幸せな女にしてやるから!!あかり……愛してる、あかり……!!」
俺は再び大粒の涙を流して仏壇を見た。
遺影を戻しながら、同時に手紙もその裏に置き、止むことのない涙をせき止める。
こんな状態じゃひなのの所に戻れないからな。
「……ふぅーー……」
深く息を吸い込んでまだ止まらない涙を押し込める。
いい加減泣き止まないとあかりに怒られる。
俺はそっと立ち上がり、あかりの部屋を後にした。
寝室に戻りすやすや寝ているひなのの隣に寝転ぶと、ひなのの寝言が聞こえてくる。
「マミィ……だっこ……」
「……!」
俺はこの子があかりの事を覚えているのが心の底から嬉しい。
だがきっと成長していくに連れてその記憶は薄れて行く事だろう。
仕方のない事なんだ。
けれど決して全て消えて無くなったりはしない。
うっすらと、けれど確かにひなのの中にあかりは居続けるだろうし、大きくなったらあの手紙を見せてやらなきゃならない。
また色濃くひなのの中にあかりが蘇ってくれる事だろう。
俺だってじいさんになっていずれ全ての事があやふやになるかも知れない。
けれどひなのが生きている事、それ自体があかりが居た証明であり、物理的な記憶なんてものに意味はないんだ。
大事な事はいつだって心の中にある。
佐々倉さん、全部君がうちに来てくれたから気付けた事だ。
やっぱり君は俺にとってなくてはならない存在だよ。
勝手に居なくなって貰っては困る。
君は俺の"通い妻"なんだから。
俺は目を瞑ると先程と違いすぐ眠りにつく事が出来た。
長かった夜が明ける──
※
8月13日の朝9時。
「パピー……なにしてるんだ?」
「ん?おはよひな。パピーはちょっち忙しいから朝ご飯はあそこの菓子パンでも良いか?」
目を擦りながらリビングにやって来たひなのは俺の指差した菓子パンを取りに行った。
と思ったらすぐに俺の元へやって来て、パソコンを眺める俺の膝上に乗っかった。
「これ、じぇーけーけ?」
「あぁ。Vtuberバージョンのな」
「……おぉ……やっぱりキモいな……」
「そう言ってやるなよ」
ふと、いつもならここで佐々倉さんがツッコミを入れるんだろうな、とか思ってしまう。
「諒太さん!?何勝手に見てるんですか!?」とかな。
俺は今彼女がアップしていた過去の動画を漁っている。
そこにはどうにかして人気を獲得しようと色々なジャンルに手を出している健気な女の子がいたよ。
ようやく最近人気が出て来たのが男向けにトークをするスタイルなのだろう。
けれど、俺が見ていて一番彼女が輝いていると感じるのは──
「おぉ、じぇーけーって歌上手いんだな」
「! ひなのもそう思うか?」
「うむ!ひなには負けるがな」
「ははっ、厳しいなひなは」
そうなんだ。
彼女の歌ってみた動画が俺には一番響くんだよな。
きっと今のスタイルじゃあの母親は崩せない。
あの子がもう一度Vtuberとして活動するには他の武器で戦う必要がある。
それでも無理なら──いや、大丈夫だ。
それにな、俺はあの母親には言ってやりたい事がある。
あの人は何も間違っちゃいない。
娘の幸せを願うなら当然の行動だろう。
だけどな、佐々倉さんには佐々倉さんにしか分からない幸せもあるんだよ。
それを全部奪い取ってしまうような事はしちゃいけないんだ。
それが例え娘の事を想っての行動だとしても。
「よっし、ひなの佐々倉・母を攻略するぞ!」
「うむ!!」
「その為には……っと」
俺はスマホを手に取り、履歴の一番上にいる人物をタップする。
再びあいつに電話を掛けると、コール音が鳴って1回目でそいつは出てくれた。
……早すぎだろ。
『せ、先輩!!おはようございます!!ど、どうしたんですか!?』
「いやーまたまた悪いな。ちょっと江本にお願いがあってさ」
『……』
「江本?」
江本は何故か急に押し黙り、少し間を空けてから返事をした。
『……"MiyaBi"の事なら協力しませんよ』
「え、ダメか?」
『……嫌です』
な、何故急に……
Vtuberの事なら任せろ的な事言ってたじゃねぇか。
しかし困ったな……
「なぁ江本、どうしてもダメか?俺に出来る事なら何でもするからさ」
『何でも……!?ぐっ……そ、それでも……嫌……ですっ……!』
「むぅ……」
マジか……
正直江本にしか頼めない事なんだがなぁ……
ここまで嫌がられたら仕方ないか……
「……分かった、急に悪かったな。まぁお願いを聞いて貰ってたら今からお前んちに行くつもりだったし迷惑掛けずに済んで良かったかもだな」
『………………先輩今なんて言いました?』
「え?だから悪かったって──」
『その後です!!!』
「えぇ!?」
いきなりでっかい声で喋んなよ!?
「だ、だからお前んちに行く事になっちゃうから、こんな急じゃ迷惑だろ?だし諦める──」
『今すぐ来て下さい!!お願い聞いてあげますから!!!』
「えぇ!?」
もう分かんないよこいつ!!
ま、まぁでも何とかこれで佐々倉さんを守ってやれそうだ。
「それじゃ江本……今からお前んち行っても良いか……?」
『あ、ま、待って下さい──ガタガタッ!!ドゴンッ!!──ちょ、ちょっとだけお時間下さい!!また連絡しm──』
「江本?」
電話は途中で切れた。
……あいつ、あんまり家の掃除しないタイプなのかな。
めちゃめちゃ物音してたけど……
さてと、とりあえず俺達も出掛ける準備をするか。
「ひな!念願のお出掛けデーだぞ!」
「えー昨日じぇーけーの家行ったし今日はもういい」
「……子供は気分屋だな……」
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