第13話 父親が倒れた。

 

 8月11日のお昼過ぎ。


 憧れの人とのコラボ配信が決定しテンションの高い佐々倉さんは、熱が冷めない内に今日の配信を始めると言ってあかりの部屋に閉じ籠った。


 今日は特に予定もないし、ゆっくりお盆休みを満喫するとしようか。


「休みサイコー。ゴロゴロこそ正義」


 社会人にとっての休日。

 それは何にも代えられない貴重なものなのである。


 ──だがそこに災厄が訪れる。


「パピー!ひなはお暇だ!お外に連れれいけ!」

「連れていけなぁ……うーむ……」


 全国の親父達よ、一つだけ忠告しておく。


 まかり間違っても我が子を災厄などと表現してはいけない。


「公園行きたい!海行きたい!!遊園地行きたい!!!」

「最悪だ……」

「お暇だぁぁあーーーー!!」


 どれだけ駄々を捏ねたとしても父親は我が子の願いを叶えなくてはならない。


 例えせっかくの休日を返上するとしてもだ。


「……行くか」

「!! れっつごー!」


 俺は重い体を引きずって立ち上がろうとした。


 ──ふらっ。


「……おろろ……?」

「パピー!」


 俺は膝に手を着いて体重を掛けた途端、力入らずそのまま床に倒れてしまった。


 ドスンっ、と少し大きめの音を立てた為、驚いたひなのが心配して駆け寄って来た。


「パピー!だいじょぶか!?」

「……お、おぉ……大丈夫なんだが……」


 あれ、だけど変だな……視界がぼんやりしてきたような……?


「何か大きな音がしましたが大丈夫ですか!?」


 廊下を慌てて走って来たのは佐々倉さんだ。

 配信中の筈なのに何してんだ。


「じぇーけー!パピーが倒れた!!」

「え!?諒太さん、どうしたんですか!?」


 床に転がる俺の元に寄って来た彼女はすぐに俺の額に手を当てた。


「ちょ、これ凄い熱じゃ……!?」


 は……?熱……?


 やばい……喋ろうとしてるのに力が入らん……


「パピー病気なのけ!?」

「い、いや私じゃ分からないけど……」

「……パピー……!」


 俺の体を揺さぶり出したひなのは、その大きな瞳に涙を溜め込んでいた。


「パピーも居なく……なっちゃ……やだ……!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の左手が勝手に動きひなのの頭を撫でていた。


「……大丈夫……だ。ちょっと風邪引いただけだよ……」

「ほんとけ!?早く治れビーム!!」

「ハハ……効いてる効いてる……ありがとな、ひなの……」

「うむ!」


 俺の顔を見て安心したのか腰に両手当てて満足気なひなの。


 そうだ、倒れてる場合じゃないんだよ。


 俺はあかりにひなのを託されてんだ。


「……っ……!!」

「諒太さん……!あまり無理に起きない方が……!」


 心配そうに見つめる佐々倉さんを他所に、俺は体を引きずっていつもの寝室へ向かった。


「……佐々倉さん……本当にすまないが夜までひなのを頼めるか……?たぶん寝たら治る」

「……い、いや救急車を……!」

「大丈夫だって。ひなのもお外行けなくてごめんな……また今度行こう」

「ふっ、仕方ない」

「……もうっ……」


 ……ったく、誰だよ俺に風邪を移したバカは。


 あー……しんど。しばらく寝たら良くなるだろ。

 本当、体調崩すなんていつぶりだろう。


 最近は色々ありすぎて心身共に参ってるのかも知れんな。


 俺は配信が途中であろう反対側の部屋に気を遣って静かに寝室のドアを開いた──





 諒太さんが倒れてから6時間が経ちました。


 配信なんて当然出来る筈も無く、私はすぐにリスナーの皆に急用が出来た事を伝え、薬局へ向かいました。


「じぇーけー、ひなジュースほちい」

「ふふっ、一本だけね?えーと解熱剤は……」


 ひなのちゃんと手を繋いでゆっくりと店内を周り、諒太さんの療養に必要な物を買っていきます。


 こういう緊急の時用に、諒太さんはある程度のお金を隠してある場所を私に教えてくれていたのが役立ちました。


「ひなのちゃん、今日のご飯何がいい?」

「んー、パピーと同じのがいい」

「諒太さんにはお粥を作ろうと思ってたけど、それで良いの?」

「構わん。パピーがそれしか食えんならひなもそれでいい」


 ……本当にお父さんが大好きなんだね。


 ならせめて──


「ひなのちゃんの方にはお肉を混ぜておくね。これは優しいひなのちゃんへのご褒美」

「おぉ!お肉!!」

「よしっ、全部カゴに入れてお会計終わらせよ!」

「うむ、いざパピーの元へ!!」


 全ての用を済ませ家へ帰った私達は、さっそくご飯の用意を始めました。


 お粥はすぐに出来上がり、私はお粥の入った鍋をお盆に乗せて諒太さんの元へ向かいます。


 寝ていては悪いと思い、ノックはせずに少しだけドアを開くと、やはり諒太さんはまだ眠っているようでした。


「……失礼します」


 私はそっと部屋に入り、ベッドの横の机にお盆を起きました。


 諒太さんの顔を覗き込むと、赤くなっていた顔はいつも通りになっており、額に手を当てても熱さを感じませんでした。


 後でしっかり体温を測るとしても、どうやら体調はだいぶ良くなってきているみたいですね。


 昨日に続いて心配ばかり掛けるんですから……


「……バチが当たったんですよ。もうっ……」


 私は少しだけ唇を尖らせながら、つんと諒太さんの頬をつつきました。


「……ん……」

「!」


 しまった、起こしてしまったようですね……


「……佐々倉さん……?今、何時だ……?」


 目をこすりながら体を起こす諒太さん。


「し、7時過ぎです。と言うかまだ起き上がらないで下さいよ」

「……お粥、作ってくれたんだろ?食うためには起きないとな」

「……そうですけど……」


 諒太さんは机の上に置いた鍋を見て手のひらひょいひょいとさせています。


 寄越せ寄越せじゃないんですよ……


「諒太さん、私に何か言うことはありませんか?」

「出たな、超難問」

「はぁ……その返事が出来るならどうやら元気なようですね……」

「んだよ、元気じゃ悪いのかよ」


 悪いか悪くないかで言えば悪いですよ。


 あれだけ私やひなのちゃんに心配を掛けて、ちょっと眠ったら元気ですとか……


「……何か、何か納得いきません」

「そう言われてもな……」

「やっぱりお粥は没収です」

「そ、そりゃ無いだろ!?」

「ふふっ、私に手を出してくれるなら考えてあげます」

「……だからしないって言ってるだろ?それが条件なら没収で構わん」


 全く……この人は……


 あくまでも私はこの人の保護対象なんですよね。

 やれやれ……私、いつになったら諒太さんと恋人に──


「……!」

「佐々倉さん?」


 私は一瞬頭を過った抱いてはいけない想いに蓋をするようにブンブンと顔を振りました。


「な、何でもありません。それより元気ならひなのちゃんを呼んできますね、会いたがってましたから」

「……何でちょっと不機嫌そうなんだよ……」


 だから何でもありませんってば!


 もうさっさとひなのちゃんを呼びに行ってあげよっと!

 

「ふ、ふんだ。諒太さんなんて知りません!」

「あ、おい!お粥、お粥持ってくなよ!おいぃ!!」




 

 やっほーみんな、ひなだよ。はじめましてだな。

 

 いまね、ひなはおりこうさんにじぇーけーをまってるのだ!


 ん?あれ、でもきょうはなにかをわすれれるきはする!


「! 今日まだマミーのとこに行ってなかった!」


 そうだった!


 マミー、いまいくぜ!!


「ひな、参上!!」


 さいきん、さいほうそう?とかいうのでみたライダーさんのモノマネをしながらマミーのへやにはいった!


 そしたらね、なんかテレビみたいなのと、カメラとパソコンがおいてあったの。


 しかもなんかへんなキャラクターみたいのがうごいてるの。


「むむ?これ見覚えがあるぞ!」


 なんだっけ?

 む~~~~……


 あ、そうだ!

 じぇーけーのはいしん?とかいうのでみたやつだ!!


「ほほう?お?お?お!?」


 おぉ!?

 なんだこれは!


 ひながうごくとじぇーけー(ドンビキ)がうごくぞ!!


「とうっ!じょわ!!きーっく!!」


 いろいろやってると、テレビからぶわーーっともじがでてきたぞ。


 ……なんだこれ、よめん。


「おい、ひなにはむずかちぃのは読めんぞ」


 そう、ひなはまだひらがなしかしゅうとくしとらんのだ!


「……むぅ……じぇーけーめ、子供に優しい設定にしておけよな……」


 っと、いつまでもみてるわけにはいかん!!


「マミー!!」


 ひなはね、マミーのほーをむいておててをぱっちんしたの!


 ミッションこんぷりぃと!

 ふ、さすがひな。


 テレビはちょっとよくわからんけど、さいごにあいさつだけはしておいてやろう。


 たしかこれをみてるやつが、ぶわーっといろいろかいてるんだったからな。


 みんなマミーをひとりにしないようにみててくれたんだろう!


「じゃあな、マミーが世話になった!さらばじゃ!」


 ひながさいごにテレビをみたときにね、ひらがなでこうかかれてぞ。


 ──みやびさまってこもちのじぇーけーなのか……?


 と。


 これ、どういういみ??

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