第12話 ビッグチャンスが訪れた。


「……モグモグ」

「……」


 気まずい。

 超きまずい。


 何が気まずいって、佐々倉さんが起きてから一言も喋ってくれないんだ。


 ……理由は分かってる。


 昨日の晩、ずっと俺を抱き締めて寝てたから照れてるんだろう。


 すっげぇ顔赤いもんなぁ……


 だがそれを指摘するのも躊躇われるので、結局何も話す事が出来ないでいる。


 ──そんな朝の一幕に電流が走る。


「……パピーとじぇーけー、昨日はお楽しみだったのけ?」

『!?』


 お、お前、だからそういうのどこで知ってくるの!?

 

「ひ、ひなの!お前意味分かって言ってるのか!?」

「? 一緒に寝てたんじゃないのけ。ひな今日はお一人様でお目覚めだったぞ?」

「い、いやそれはそうなんだが……」

「じゃあ仲良しだ。うむ、良いことだ」


 あーあー……とうとう佐々倉さん耳まで赤くなって顔隠しちゃった。


「……ひな、お願いだからもう止めてあげて。彼女のライフはもう0よ」

「ん?あいよ」


 だがひなの、今日はナイスアシストかも知れん。


 佐々倉さんに話し掛けるいいタイミングだ。


「佐々倉さん、とりあえず今朝の事とか昨日の事は忘れて朝飯食べようぜ」

「……そう、ですね。ごめんなさいどうしても恥ずかしくって……」

「ははっ、俺もだよ。だけどこの後配信なんだろ?そろそろ切り替えないと」

「は、はい。ありがとうございます……」


 俺がそう言ってパンをかじった時だった。


「え!?嘘!?」


 佐々倉さんがスマホの画面を見て急に立ち上がったのだ。


「おぉ!?どうしたじぇーけー?」

「びっくりした……どうしたんだい」

「あ、ご、ごめんなさい……ちょっと予想外過ぎる事が……」


 そう言いながら彼女は俺達にスマホの画面を向けて来た。


『??』


 画面には誰かとのやり取りが書かれている。


 switterってSNSのダイレクトメッセージか……?


 なになに──


「"良かったらコラボ配信しませんか?ご都合が合わなければ断って頂いて全然構いません。こちらとしては金曜日か土曜日の晩を希望なのですが、つきましては──"……へぇ、誰かと一緒に配信するんだ」

「へぇー」


 俺とひなのは何の気なしにそう返事したが、佐々倉さんにとっては一大事だったらしい。


「諒太さん!ひなのちゃん!これ、相手が誰か知らないんですか!?」

『いや全然』

「嘘!?最近テレビのCMソングにも起用されるくらいのビッグネームですよ!?」

『そ、そうですか……』


 俺とひなのは顔を見合わせて確認するが、やはり我が家での常識では知らない人という見解で一致した。


「しかし、君がそれ程驚く相手だ。本当に凄い人なんだろうな」

「す、凄いなんてものじゃありません!何なら私、この人に憧れてVtuberになったんですから……!」


 へぇ、そりゃこんなに大喜びする訳だ。


 ぴょんぴょん飛び回って喜びを表現してるよ。

 マンションだからほどほどにな。


「なら勿論OKするんだろ?」

「むしろ断るなんて選択肢がありません!これ、上手く行けば私のチャンネル爆伸びですよ……!!」

「そんなに影響力がある人なんだ」

「そうなんです!!歌ってみたを出せば数千万再生され、個人でやってるゲーム配信も同接数万はくだらない程なんです……!!」


 え、それってマジで凄い人なんじゃ……


「ま、待ってくれ。なんでそんな人が君みたいな駆け出しに……」

「そ、それが分からないんです。どこから私を知ったのかも分からなくて。後で聞いてみますけど……そもそも私とコラボするメリットなんて無い筈なのに……」


 まぁここで考えても仕方ない。


 俺は佐々倉さんに微笑み掛け、不安そうにし出した彼女にエールを送った。


「ビッグチャンス到来だな。これモノにしたら凄い事になるぞ、頑張れよ!」

「! は、はい、精一杯やってみます!!」


 そうして佐々倉さんは今日の配信の準備をし始めた──





 胸の高鳴りが治まらず、中々寝付けないまま朝を迎えたOLこと江本静とは私の事だ。


 昨日は大好きな先輩と念願の飲みに連れていって貰い、その帰りにはキ、キス……を──


「あああぁぁぁああああ!!!」


 バタバタとベッドの上でもがき、頭をかきむしる。


 や・ら・か・し・たぁぁぁあああ!!!!


 24歳にもなって何キスくらいでこんな反応してるんだとか思ってる!?

 あいにくこちとら男性経験が無いイタイ女なの!!


 あれがファーストキスだったのぉーー!!


 無理!もう絶対無理!

 もう先輩と会えないよ!!

 お盆休みずっと続いてよぉぉお!!!

 会社行きたくないよぉぉおおーー!!!


「……死にたい」


 ベッドの上で、土から這い上がって一週間後のセミのモノマネをするくらいには死にたい。


 はぁ……こんな事今まで一度もなかったのになぁ……


 私は自分で言うのもあれだけど美人な方だと思う。

 ミスコンと呼ばれる可愛いさを決めるコンテストにも優勝してきたくらい。

 も、勿論友達が勝手にエントリーしただけだよ。断れない雰囲気を作られちゃって……


 本当はめちゃくちゃ嫌だった。


 昔から私の見た目で群がって来る男がマジで無理だったの。

 だから恋もしたことなかったし、この先する事もないと思ってた。


 他にやりたい事もあったからね。


 これでも私は超現実的な生き方をする人間だ。


 絶対定職には就いて、余った時間を好きな事に使う、それが私の生き方。


 つまらないと言ったり、好きな事しようよとか言う奴は全部ねじ伏せて来た。


 だけど。


 唯一私がねじ伏せる事が出来なかったのが先輩だ。


 お子さんが産まれて程なく亡くなってしまった奥さんを引きずってるのは見たら分かる。


 それでも私に興味を持たず、普通に冷たく接して来るのには驚いた。


 それが悔しくて、頑張って私に興味を持って貰おうと色々画策してたらこの有り様……


「ハックシュッ!!……ヤダヤダ、気持ちが落ち込んで体調まで悪くなってきた。ちょっと気持ちをリセットしないと……」


 私は動画サイトを開いて、最近見付けた可愛いVtuberのアーカイブを覗く。


「ふふっ、この子最近伸びて来たね」


 名前は"MiyaBi"。

 たまーにこうやって新人スコッパーをするのが私の趣味なんだ。


 しかも以前ポロっと溢してたんだけど、何でも憧れの配信者が居るとか。


 それが何と、この私・・・とはね。


「……いいねぇ、後輩が育って来るのは結構嬉しいもんだよ。あ、そうだ!!」


 私はスコッパーとしての務めを果たすべく、switterを開いてDMを送信する。


「さぁて、どんなコラボにしようかな。あ……でも先に先輩にメールしとかないと……うぅ……」

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