第6話 後輩が変身した。


 本日の天気、快晴。

 8月10日の朝8時、俺は盆休み前最後の出勤日を迎えていた。


「佐々倉さん、朝から悪いね。今日は学校はないのかい?」


 昨日の晩に、明日は朝からお伺いしますとの連絡を貰ったので、今日は朝から"通い妻"がいる。


 今日の彼女はラフな格好で、太ももまでの短パンに薄手のパーカーという感じだ。


「はい!一応昨日が最後だったんですよ。なので今日からは毎日朝から来れますよ!」


 朝から元気良くハキハキと喋る佐々倉さんは、まだおねむ中のひなのの朝ごはんを用意してくれている。


 さすがに彼女一人に任せてひなのと居て貰う訳にはいかないので、保育所には連れていく。


 だが今日は俺が起きるのが遅かったので佐々倉さんに送って貰う事になった。


 ……いやぁ……マジで助かるよ。


 俺、もう佐々倉さん無しで生きていけるか怪しいぞこれ。


「毎朝か……本気で助かるがさすがに君にも予定があるだろ。友達と遊んだりとかさ」


 彼女も華のJKな訳だし。


 だが飛び出したのは予想外の言葉だった。


「あ、ご心配なく。私ちゃんとした友達って1人しか居ないんです。向こうも忙しいみたいで夏休みは基本フリーです!」

「……何か悲しい事を聞いてしまった」

「う、うるさいですよー。でもですね、私は私でここに来たい理由もあるんです」


 へぇ何だろうな。


 まぁ俺達が居ない間は配信や、切り抜き動画の編集し放題だろうし、そう言った感じだろうか?


 が、しかし。


 やはり彼女は俺の想像など越えていく。


「諒太さんに会えるからですよ♡」

「っ! そ、そのキャラ配信中だけじゃないのかよ……」

「あれ?照れてます?ふふ、この前のお返しですっ!」


 やれやれ……朝から少し楽しいじゃねぇかよ。


「って、諒太さん!そろそろ時間が!」

「おっと、じゃあすまんがひなのの事頼むわ!」

「はい!いってらっしゃい、あなた・・・♡」

「! い、いってきます……」


 ……なにJK相手に赤くなってんだ俺は。


 次からいってきますのちゅーは?

 とか言われたらどうしよ、最高かも知れん。


 ──何かの、いや誰かからの天罰だろうか、俺は会社に着くまでの20分間で3回も小石に蹴躓いた。





「先輩、おはようございます」

「おーおは……よ──」


 朝礼ギリギリに会社に着いた俺は、社内ですこぶる人気の女性社員──江本静と挨拶を交わしていた。


 朝礼を終えた俺は忘れたままにしていた書類を取りに、社内でもほとんど人の寄り付かない第二会議室を訪れた所だったのだ。


 気まぐれにこういう所で会議しようとか言い出すよなぁ。困った課長だ。


 さて、そんな誰も居ない会議室の筈だったのだが……

 なして江本がここに居るんだ。


 それに……現在、俺の視線は彼女の髪の毛を追って右往左往してしまった。

 

 だ、だって──


「……何ですか。人の事じろじろ見て」

「お前、昨日と比べて髪伸びすぎじゃない……?」

「朝礼の時は気付いて無かったんですか……」


 そう、俺の目の前に居る後輩の髪型があまりにも一気に変化し過ぎていた。

 さっき気付かなかったのは朝がバタバタだったから仕方ない。


 元の江本は明るめの茶髪で、毛先は軽くウェーブが入っていた。肩には届かないくらいの長さでな。


 それがどうだ。

 たった1日で茶髪は変わらないが、肩甲骨の辺りまで伸びた綺麗なストレートの髪型に変わっている。


 背伸びした子供という印象から一転、雰囲気は一気に大人びたものを感じる。少々ギャルっぽいが。


 凄いな。女というのはここまで変われるんだな……


「エクステですよ、エクステ。あー先輩知らなさそうですもんね仕方ないか」

「む……」


 俺だってエクステくらい知ってるぞ。


「あれだろ?いわゆる付け毛ってやつだろ?」

「……まぁ間違ってはいませんが、言葉の選び方が気に入りませんね」

「じゃあカツーラACT3」

「2はどこに行ったんですか」


 こいつ、そのツッコミじゃ元ネタを知ってるか分からん──じゃなかった。


 そもそも問題だ。


「どうしたんだ?急に髪型なんか変えて」

「べ……別に髪型なんて急に変えるものでしょ」

「そうだけど。お前ロングは嫌とか言ってなかったっけ?」


 まだこいつと出会った当初、そんな話をした覚えがある。


 何やら男にモテるのが嫌とかなんたら……


「先輩……覚えててくれたんですか……?」

「アホを見るような目で見るなよ……」

「純粋に驚いてるんです。私の事なんて興味ないと思ってましたから……」


 江本はどことなく暗い顔をしてしまった。


 これは普段の俺の対応に問題があるか……


 女の子がイメチェンしてきて暗い気持ちになるなんて事、あってはならないな。


 俺は江本の頭にかるーくチョップをかましながら先程の発言を否定した。 


「んな訳ないだろ?こんな可愛い後輩が俺の直属なんだ。興味津々だよ」

「……そう……っすか。ちょっとだけ嬉しいです」

「他の奴にも自慢して来いよ。きっと俺より誉めちぎってくれるぞ」


 そんな俺の言葉に、江本はむすっと頬膨らませた。


「……私は先輩に誉めてもらう為に髪型変えて来たんですっ」

「え?俺の為?」

「先輩はロングが好きなのかなって思って……」

「……!」


 お前……まさか佐々倉さんと似た髪型にする為に……?


「やっと気付いてくれたみたいですね?」

「あのなぁ、あの子は──」

「ハイハイ、親戚・・ですよね。随分若かったですしぃ?まさかあの子が彼女な訳ないですもんねぇ??」


 こいつ気付いてやがるな……


 しかし一体どこまで──


「先輩♡」

「おわっ!?」


 江本は俺の胸元目掛けて飛び込んだ。


 バランスを崩して俺は床に手を着いた。


 急に抱き付いて来んな!?

 だ、誰かにでも見られたら大変だぞ!?


 江本はピチッとしたスーツのスカートを目一杯広げ俺の上に跨がった。


「先輩……口止め料が必要なんじゃないですか?♡」

「べ、別にそんなやましい関係じゃ──」

「あーですよね。JK相手に手を出すアラサーなんか居るわけないですよね」

「!? お、お前……どこまで……!?」


 江本は俺の頭の横に手を着いて、鼻先が触れ合いそうな距離で言う。


「驚いた……本当にJKと……これは居酒屋じゃ足りませんねぇ~先輩?♡」

「お、お前……かま掛けやがったな……」

「女の勘を舐めちゃ駄目ですよ。それに──」


 ようやく立ち上がった江本は、俺の方を見ずにぽつりと呟いた。


「……いい加減踏ん切りを着けたいですから……」

「江本……?」


 ──彼女の笑う顔は酷く悲しそうに見えた。

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