第5話 通い妻がしょげた。
「りょ、諒太さん!?みみみ、見てたんですか!!??」
顔中から噴き出すように汗を掻き、綺麗だった黒髪をボサボサにした佐々倉さんが現れた。
あれ、冷房効いてなかったのかな?
まぁそれは後で見るとして、俺は佐々倉さんに短く返事をしてやった。
「え?うん」
「ひなも見たぞじぇーけー」
「ひぃ!?」
ひなのも同調するように頷くと、佐々倉さんは引きつった笑みを浮かべた。
「お、終わった……い、いっそ殺して下さい……」
ガクっ、と床に手を着いた彼女。
あれ……そんなに嫌だったのか?
「わ、悪い佐々倉さん、悪気は無かったんだが……」
「じぇーけー、パピーは悪い顔をしてたぞ」
「諒太さん!?」
「誤解だ!」
涙目で俺を睨む佐々倉さんは、再びうなだれてブツブツと呪文を唱え始めた。
「……ハハっ……あんなの見られたらおしまいです……あんな、あんなぶりっこして……必死にキャラ作りしてる所を……」
あー……これは相当に可哀想な事をしたかも知れんな……
ある意味出会ってから一番落ち込んでるかも。
……ここは素直に謝っておくか。
俺は台所から離れ、崩れ落ちている佐々倉さんの肩にそっと手を乗せた。
「すまん、佐々倉さん。だが良い配信だったと思うぞ!不思議と人を惹き付けるものがあった!」
「……そりゃ男性ウケの良さそうなものばかりやってましたからね……」
「い、いやっ、前にも言ったろ?俺は君みたいな子供に魅力は感じ──」
「パピーはじぇーけーのに何回も大声出してたぞ?」
「諒太さん!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
俺は思わず床に頭を擦り付けて謝っていた。
ひなののやつめ!いらんことばかり言いやがって……!
ほーらー!佐々倉さんがどんどん落ち込んでいってるじゃないか!
「……諒太さんにお尻の大きさまで知られちゃいました……もうお嫁に行けません……」
「だ、大丈夫だって、あの人すげぇ美人じゃん!俺は大好きだぞ!」
「……それ、諒太さんがえな○さんを好きなだけじゃないですか。私の事なんて……ぐすっ……」
……やべぇ……佐々倉さんが驚く程に立ち直れなくなってる……
「パピー……さすがのひなもちょっとかわいそうだぞ……」
「うぐ……」
正直、黙って配信見てさ?喜んでくれるかなって思ってたんだよ。「え、見てくれてたんですか!?」みたいな?
言うなれば授業参観な訳だよ。
ん?あぁ、そりゃ嫌がるか。俺もお袋には来んなとか言ってたわ。
思春期というのは難しいな。
いずれひなのが大人になった時の為にも、ここは彼女とちゃんと向き合う場面、かもな。
「佐々倉さん」
「はい……」
佐々倉さんは俺の顔を見る事なく、床に手を着いたままだ。
それで良い。
初めて子供っぽい彼女を見れた気がする。
「君に黙って覗き見のような真似をした事は謝る。だけど本当に良い配信だと思ったのも事実だ、かなり楽しませて貰ったからな」
「……お尻の大きさを知れてご満足ですか、そうですか」
最近どこぞの後輩がそんなフレーズを使ってたな……
「蒸し返すなよ……でもそれも含めて君は視聴者──リスナーだっけ?彼ら皆を楽しませたんじゃないのかい?」
「……それは……」
俺は手応え有りと見て畳み掛けるように告げた。
「俺もその一人だ。ひなのにはちょっと刺激が強かったけどな」
「そうだぞ!パピーのせいで全然見れんかった!」
「……楽しかった……ですか?」
俺とひなのは同時に頷いた。
『おう(うむ)!』
「……そう……ですか……」
佐々倉さんはそれを聞いてゆっくりと立ち上がった。
俺達の方を向く彼女はもう暗い顔はしていなかった。
「配信者にとって最高の誉め言葉をありがとうございます」
「おうよ」
「やるじゃんじぇーけー!」
「ふふ、いえいえ」
笑顔を取り戻してくれた佐々倉さんは「まぁそれに」と続けた。
「いずれお二人には部屋から漏れる音で気付かれてたでしょうし、私も気にしすぎました……すみません」
ぺこりと頭を下げた佐々倉さん。
それを見て、彼女の足元にひなのが駆け寄った。
「らしくないぞじぇーけー!そんな事より早くご飯食べよ!」
「……それもそうだね。ありがとう、ひなのちゃん」
「よせやい」
ひなのの頭を優しく撫でる佐々倉さんは恥ずかしそうに笑っていた。
今回こうして佐々倉さんの配信というものを初めて目の当たりにした訳だが……
Vtuberと活動している彼女は本当に魅力的だった。
これはひとえにVtuberというものに人生を懸けようとしている情熱が見せるものなのかもな。
俺も本当に応援してやりたいし、青春をこれに捧げるのは素晴らしい事だとも思った。
だけど、問題はこの子のお母さんだな。
俺も少し調べて分かった事だが、彼女が成し遂げた収益化というのは物凄い事なのだ。
僅か17歳の子供が、たった一人でここまで来れたのは毎日の配信活動あっての事だろう。
並々ならない努力の数々をあの子はしたに違いない。
それを否定するのは、例え親であっても許される事じゃない。
だが子を持つ親としては、この子の将来が酷く不安ってのはどうしようもなく理解出来てしまう。
俺にはこの子の気持ちも分かるし、この子の親の気持ちも分かる。
……だからこそ、俺はこの子の為に出来る事をしてやりたい。
"通い妻"生活なんて、きっと長くは続かないだろう。
いずれその辺りの事もきちんと話さないといけないな。
ただまぁ今くらいは──
「諒太さん、このカレー……ルーが溶けきってないのですが……」
「パピー……いつになったらじゃがいもの皮を残さず剥けるようになるんだ……」
──俺達三人で食卓を囲む、なんて事ない日常を送るのも良いんじゃないだろうか。
「おい、お前ら文句があるなら飯抜きだからな」
「ならじぇーけーが作ってくれ」
「ふふ、父の味には勝てないよひなのちゃん」
「佐々倉さん!俺の味方は君だけだよ!」
「あ、でもカレーくらいはもう少し上手に出来た方が……」
……やっぱり俺の味方は居ないみたいだ。
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