第4話 配信が始まった。


「……今日のご飯はパピーが作るのか……」

「なんだその残念そうな顔は」

「……何でもない」


 俺が台所に立つと、テレビを見ていたひなのが凄く残念そうな顔をしてそんな事を言った。


 まぁ佐々倉さんが居るならあの子に作って貰う方が良いに決まってる。


 ……泣いてなんかないからね。


「あれ、パピー。じぇーけーは?」

「みやびちゃんな。あの子は今からお仕事だよ」


 ひなのにVtuberとして今から活動するやら言っても分からないだろう。


 あ、でもそうだ良いことを思い付いた。

 本当は俺一人で楽しむつもりだったが──


「ひな、みやびちゃんのお仕事見てみるか?」

「おぉ!見れるのけ!」

「くっくっく、後で驚かしてやろうぜ」

「パピー、お主も悪よのぅ」


 だからお前、そういうのどこで覚えて来るの?





『てすてすぅ~全世界の皆っ、聞こえてますかーー?おっけいだったらコメントするんだぞぉ~♡』


 夕飯の支度を終え、時刻は18時半。


 リビングのソファに座り、スマホの映像を繋いだテレビを眺める俺とひなの。


 表情は言うまでもなく真顔。


 なんでかって?


 俺達の知ってる清楚で可憐で物腰の柔らかいあの子が、猫なで声で喋ってるんだ。

 ……俺達の心中に募るこのモヤモヤ感、察して欲しい。


『あ、"恋々レンレン"さん♡聞こえてる?りょーかいっ♡ありがとね~!』


 早速届いたコメントを読み上げてお礼を言う、Vtuber"MiyaBi"。

 

 ヌルヌルと動くアニメーションキャラクターは、現実の彼女の特徴を捉えつつもファンタジー世界の人物のような風貌だ。


 髪はツートンカラーに分かれ、片方が薄紫、もう片方が白色で、瞳はエメラルドグリーン。

 全体的にスタイルは細く、現実の彼女と同じように胸元は控えめにデザインされていた。


 そう言えばさらしなんてもの巻いてたし、自分の胸にコンプレックスがあるのかもな。


 もったいないなんて思ってないぞ?


「パピー……これ本当にじぇーけーなのか?」


 いらん事を考えていると、俺の膝の上に座るひなのが訝しんだ顔を向けて来る。


「……俺も少し自信が無くなってきたけど、あの子で間違いないよ」

「……ひな、じぇーけーとの浮気……許可するの止めようかな」


 それは元々要らないけどな。


「まぁまだ始まったばっかりだ。少し様子を見よう」

「うむ」


 俺達が喋っている間も配信は続いており、佐々倉さん──もといMiyaBiは今回の配信の目的を話し始めていた。


『お、もう同接200人も来ちゃったのぉ~?皆暇人なんだからぁ♡さてさて、それじゃあそろそろ今回の配信なんだけどぉ、ちょっちいつもと違うんだぁ~』


 何なのだろう。

 この身震いする感覚は。


 俺達が真顔でテレビを見ている間にも、画面の端にはツラツラとコメントが流れていく。


 《え、なになに!?》とか、《重大発表か?》とか、中には《まさか、今全裸です♡とかか!?そうなのか!?》なんてものもある。


 俺はそれが見えた瞬間ひなのの目に手を当てた。


 しかしこれ、まさか一々全部返すのか?


 だがどうやらそんな事はなく、MiyaBiは話しを進める。


『実は配信場所がちょっち変わったからぁ、電波状況とかの確認なの!だからほんとに一時間だけのテストなんだぁ、何かえっちな期待してたおばかさん達、ごめんね♡』


「パピー、前が見えんぞ」

「ん、あぁ悪い」


 さっきのアホなコメントもとっくに流れたので俺はひなのから手を外した。


 さすがに4歳児に見せるもんじゃないからな。


 耳も防げたら良かったが、まぁ……仕方ない。


『と、言う事で残った45分くらいはコメント返ししていくよーー!まずは"みや"のswitterスウィッターに来てたやつね──』


 "みや"というのはどうやら彼女の一人称のようだ。

 switterは彼女が持つSNSのアカウントみたいだな。


 MiyaBiは早速そのアカウントに来てたご質問とやらを読み上げ始めた。


『では一つ目!"ズバリ、みや様のスリーサイズを聞かせて下さい。"ちょ、こんなの言える訳ないでしょー!!で、でも……まぁ……ヒップなら……良い……よ……?』


「なんだとぅ!?」


 俺は思わず声を荒げてしまっていた。


「……もう、皆……えっちなんだから……♡」


 先ほどから尻すぼみに弱々しくなるMiyaBi。

 別にケツに掛けた訳ではない。

 

 しかし、それに反してコメント欄は大騒ぎになり出していた。


《なにぃ!?みや様のヒップだとぉ!?》とか《尻派のワイ大興奮不可避》などなど……

 

「パピー、今度は耳も塞いで邪魔だぞ」

「少し静かにしてなさい」


 俺は腕ごとひなのの顔を覆う事で悪い大人の世界と遮断した。


 本来はテレビを切るべきだろう。


 だがしかしっ!!

 悲しいかな、俺も男だ……!!


 今まさに、目の前で、10代の少女が自らの身体の一部を晒そうとしているのに、これを見ずにいられる筈がないっ!!


 あかり……君は怒るかい?

 あぁ怒るだろうな……て言うか俺、娘の目の前で何やってんだろう。


 ──だが、それでもっ!!!


『みやの……ヒップは──』


 俺は唾を飲んだ。


 コメント欄も一気に静かになり、その時を待った。


 数秒の後、彼女のバーチャルキャラクターの口が開く。



『──ん~やっぱり内緒♡皆期待した?しちゃった?ふふふっ、お猿さんばっかりなんだからぁ~♡』

 


「なんでやねんっ!?」

「パピー、耳元でうるさい」


 ……おっと、ごめんひな。この近さじゃ塞いでてもうるさいわな。


 思わず関西弁でツッこんでしまったが、コメント欄も俺と同じように燃えていた。


《ふざけんな!期待させやがって!!》《ま、そんなこったろうと思ったよ》《リスナーを猿呼ばわりだと!?ごちそうさまです》


 一部猛者も居るみたいだが、一様に反応は同じだ。


 だが、文章で見るそれらからは温度を感じられる事は無く、何故だか俺まで段々と腹が立って来た。


「言い過ぎだろ……」


 中には過激過ぎるコメントもあり、俺のそんな呟きを聞いたひなのが心配そうな声で言う。


「じぇーけーどうかしたのけ?」

「あぁ、いや……」

「……?」


 あの子からしたらこれが普通なのかも知れないのも事実だ。炎上商法……だっけか?

 だがひなのには何て説明したら良いか分からず、曖昧に返事をしてしまった。


 俺がそうしてどうして良いのか分からずに居ると、MiyaBiがぼそっと呟くように告げた。



『……だけど……みやね、え○こさんと同じっぽいの。それだけは教えてあげても良いよ……?』



「なんだとぅ!?」

「パピー、さっきから急にどうした!?」


 えな○様だと!?あのコスプレの!?

 俺も良く知ってるぞ!!


 何てこった!後で確認しておかないと……


 あー……コメント欄が今度は手のひらを返したように大歓喜してるよ。


 ……もう抜粋して教える必要はないよな。

 中にはこの前知ったがスパチャと言って、お金を彼女に振り込んでいる奴までいた。


 しかし、俺はここであることに気付く。


「佐々倉さん……男のツボを良く分かってやがる……」 


 うーむ、だがなぁ……一女子高生がこうやってお金を稼ぐのはどうなんだ?

 その疑問は残ったが、俺が配信を見るのを止める事は無かった。


 妙に魅力があったんだ。


 思わず引き込まれてしまうような何かが。


 少しだけ、Vtuberというものにハマる人達の気持ちが分かった気がする。


 配信はその後も続き、膝の上で眠りそうになっているひなのが俺の方を見た。


「パピー……そろそろお腹空いた」


 もう19時半近いな。

 俺もいい加減腹が減ってきた。


「ん、そうだな。佐々倉さんのお仕事ももうちょいだし後少しだけ待てるか?」

「仕方ない、感謝しろよじぇーけー」


 MiyaBiの方もそろそろ配信を切り上げようとしているようで、次回の配信の予定を話している。


 そうだ、せっかくだし俺もコメントとやらを残してやるか。


 これを見るためにバウムクーヘンと焼酎のアイコンのアカウントを作ったんだから。


 家事もやってくれてるしな。良し、お小遣いの意味も込めて──


『およっ、最後にスパチャありがとねっ♡なになに?ぷっ、変な組み合わせのアイコンだねぇ♡えー"諒太"さ──』


 あれ、何か急に固まったぞ。

 

 早く俺のコメント読んでくれよ~。


『"りょりょりょ、諒太さ、さんっ!!は、配信おおおお、お疲れ様"……あり、ありやとやす!!』


 日本語めちゃくちゃだぞ。


 急にどうしたと言うんだ。


 コメント欄も《急にどうしたw》とか《最後に可愛いじゃんw》《リア友か?w》など違和感に気付いているようなので溢れている。


『ひっひっ、ふぅーーー!!そ、それじゃ皆っ!また来てね!さ、さらばじゃ!』


 ──そしてテレビ画面は真っ暗になった。


 いやーそれにしても、ネットで素人が配信ってすげぇ時代になったもんだなぁ。


 しかもそれに金を投げる奴がいて。

 いっちょ俺もやってみっか?夢の脱サラも出来るかもしれん!


 ま、ひなのが居なければの話だな。

 今の俺には守るものがある。

 繰り返しになるが、危ない橋は渡れない。


 さてと、それじゃ飯を食うか。


 すっかり眠ってしまったひなのを起こし、俺達がソファから下りた時だった。


 ドタドター!!っと、廊下を物凄い足音で走る人物がリビングのドアを開けた。


「りょ、諒太さん!?みみみ、見てたんですか!!??」

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