第3話 通い妻との生活が始まった。
「諒太さん、お帰りなさい!」
時刻にして17時半、8月8日の我が家にて笑顔で俺を出迎えたのは家出JK──いや、"通い妻"だった。
気に入っているのか、制服の上からあかりのエプロンを身に付けている。
「ただいま」
誰かにそう言うのは随分と久しぶりな気がする。
佐々倉さんは俺のカバンを持とうと、右手を伸ばした。
俺は素直に彼女にカバンを渡し、佐々倉さんと共にリビングへ向かう。
「ひなののお迎えありがとな。保育所の人びっくりしてただろう?」
そう、彼女は学校終わりの16時頃にひなのを迎えに行ってくれていたのだ。
どうやら夏休みでも2年生になると補講があるらしい。
最近の高校生は大変だなぁ。
疲れてるだろうに……
だがいつもより1時間以上も早くひなのを家に帰らせてやれるのは本当に助かる。
「確かに驚かれましたけど、職場体験をしてたのもあって怪しまれる事は全然無かったですよ」
「……親戚設定も上手くいってるみたいだな」
「ですです!」
話しながらリビングのドアを開くと、愛娘が視界に入る。
が、しかしどうやらご機嫌がよろしく無いようだ。
腕を組んで頬っぺたを膨らませている。
「パピー。ひなは怒ってる」
「ただいまひな。で、どしたん?」
俺にお帰りを言うのも忘れて、どうやら相当にご立腹のようだ。
え、何かしたっけな。
「パピー……分からんのけ?」
「こら、ひなちゃん?言葉遣いが汚いわよ?」
「ぺっ、心の汚い大人にはなりたくないぜ」
「ひ、ひなの……!?」
吐き捨てるようにそう言ったひなのは、俺に人差し指を向ける。
「いつになったらじぇーけーと付き合うんだ!」
『ひなのちゃん!?』
俺達は思わず顔を見合せながら固まってしまった。
「ひなはじぇーけーなら許すと言った筈だぜパピー」
「あ、あのなぁ!そういうのはそう簡単な話じゃないの!」
「む、大人の恋愛と言うやつか」
「そうだ、その通り。だからその話は──」
ひなのは俺の話を遮って、顔を真っ赤にしてる佐々倉さんの足元に駆け寄った。
「じぇーけーはパピーと大人の恋愛したくないのけ?」
「わ……私は……!!」
「ひなのーー!いい加減にしろーーー!!」
ヤバいヤバい!
佐々倉さんから目玉焼きくらいなら焼けそうな程に熱を感じる!!
「ふっ。いい反応してくれれじゃんじぇーけー」
「りょ、諒太さんっ、私っ……諒太さんの事──」
「佐々倉さんも落ち着け!?」
「ハッ!!す、すみません……」
佐々倉さんは俺が肩を掴んで少し揺さぶると冷静さを取り戻してくれた。
その様子を見て、ひなのが半眼になる。
「……ちっ」
「ひなちゃん?後でパピーとゆっくりお話しようか……?」
「ひぃっ、パ、パピー、それよりマミーにただいま言って来た方が良いぞっ!」
「……それはそうだな」
「ふぅ……危なかったぜ……」
おい、だからって忘れんからな。
「あ、諒太さん私もご一緒します」
「おっけ、分かった」
「良い感じじゃないか……」
だから聞こえてるからな。
俺は佐々倉さんと共にあかりの部屋へ向かった。
※
あかりの仏壇の前には、彼女の好きだったバウムクーヘンと焼酎を置いてある。
あー……組み合わせについてのツッコミはしないでくれよ。あいつは本気でバウムクーヘンを食べながら焼酎を飲む女だったんだ。
俺はロウソクに火を灯し、取り出した一本の線香を近付ける。
軽く振ってから灰の詰まった香炉にそっと差した。
そしておりんを2度鳴らし、目を閉じながら手を合わせる。
──あかり、ただいま。今日も俺とひなのは無事に1日過ごせたよ。
報告を終え、佐々倉さんの方を見ると俺よりも長く仏壇に向き合っていた。
何となく彼女の顔を眺めてしまう。
……本当に良く似ている。
気を抜くと今にも泣いてしまいそうな程に。
「……諒太さん……?私の顔、何か変ですか?」
目を開けた佐々倉さんと目が合った。
しまった……ずっと眺めていた事に気付かれた。
「いや……相変わらず美人だと思ってね」
「それ、私じゃなくて奥様を褒めてるでしょう?」
「かもな。さてと、それじゃ戻って洗濯とかしないとな」
「あ、家事は大体終わらせておきましたよ。それより諒太さん、少しお願いがあるんですが……」
ひなののお迎えも終えて既に洗濯もしてくれてたのか。
将来、悪い男に捕まって良いように使われない事を祈るばかりだな。
それよりまたお願い事か。
今回は一体どんな無理難題を言ってくれるんだろうなぁ。
「ん、言ってみ」
「は、はい!あの、私Vtuberだって言ったじゃないですか? ですから……」
「ですから?」
「こ、ここで配信させて下さいませんか!?」
およ?思ったよりも無理のないお願いだな?
あれから俺も少し調べたが、要は顔を出さないでネット上でアイドル活動をする……ようなものだと理解した。
これは特に断る理由も無いな。
「あぁ、全然構わないよ。部屋はここを使うと良い」
「ほ、本当ですか!?機材とかも持ち込んでしまう事になるかもなんですが……」
「好きにすると良い」
「りょ、諒太さんっ──」
佐々倉さんは俺に抱き付こうと両手を伸ばして来た。
「にゃっ!?」
だが俺は足元に敷いていた座布団を取り、彼女の顔面に押し付ける。
「おい、何度言わせる気だ。俺は君には手を出さんぞ」
「……い、今のは感謝のハグじゃないですか……諒太さんがちょっと意識し過ぎなんです」
佐々倉さんは唇を尖らせながらいじらしくそんな事を言う。
……ったく。
「!」
俺は立ち上がって彼女の頭にぽん、と頭を乗せた。
「俺が君と触れ合う限界はここまでな。ま、頑張れよ応援してるから」
「……こないだはぎゅーさせてくれたのに」
……あの時は俺も混乱してたんだよ。
「俺とそういう関係になりたいならもっと大人になるこった。それより、今日から早速配信するかい?」
「……そうですね。諒太さんには絶対見せてあげませんが、テスト配信という形で1時間程してみます」
なに拗ねてんだよ。
でもな、俺が頭を撫でてやる度に少しだけ顔を綻ばせているの、バレてるぞ。
数秒だけそうしていると、佐々倉さんの雰囲気が柔らかくなった気がした。
……ちょっとは機嫌も良くなってくれたかな?
さてと、なら俺はそろそろ退散しようか。
「夕飯の支度、今日は俺がするから今からしてみなよ」
「い、良いんですか?」
「あぁ、だけど食う飯が俺のになっちまうから我慢しろよ?」
「む、むしろ楽しみです!」
そうして俺は佐々倉さんを残して部屋を後にした。
俺が彼女の配信を見る方法を既に調べてあるという事も知らずに──
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