第2話 通い妻にしてみた。


 家出JKと出会ってから一週間後。


「先輩、今日飲み会ですけど来れますか?」


 俺の勤めるまぁ……そこそこホワイト企業の後輩江本 静えもと しずかが、定時近くの16時48分にそう訊ねてきた。


 彼女は社内でも人気の高い人懐っこい可愛い系の女の子だ。


 明るめの茶髪で毛先は軽くウェーブが入り、大人っぽさを感じるが顔が童顔なので、背伸びした子供みたいだ。


 何でも大学時代、高校時代共にミスコン優勝の経験があるくらいで、とにかく男共に大人気なんだよな。


 既婚者である俺には関係のない話だが。


「江本、悪いけど俺は──」

「あ、来れますか!了解っす!話通しときますね!」

「おい人の話を聞かんかい」

「ぐえっ」

 

 俺は彼女の襟首を摘まみ、課長達に飲み会参加を伝えさせるのを無事阻止した。


 これくらいの暴挙は許される、俺達はそれくらいの関係ではある……筈だ。

 

「ちょ、先輩酷くないですか!こんなに可愛い後輩が誘ってると言うのに!」

「酷いのはお前の頭だ。いつも言ってるだろ、娘を迎えに行かないといけないし無理だって」

「なら娘さんのお迎えが終わったら来れますね!」

「いやご飯とか他の家事もあるし……何より娘を一人には出来ん」

「ふっふっふ……」


 な、なんだこいつ。妖しく笑いやがって。


「先輩!今日はなんと娘さんを私の友達が見てくれます!これなら大丈夫ですよね!」

「何一つ大丈夫じゃねぇよ」


 ひなのは初対面の人間にはほとんど懐かないんだぞ。場合によっては暴れる。


「ほら、そうと決まれば娘さんを迎えに行きましょう!」

「えっ!?ちょ、お前一緒に来るつもりか!?」

「当たり前です!先輩逃げるかもですし、さぁ行きますよ!」

「お、おい!?は、離せ!みんな、助けて──」


 おい、社内の人間が全員顔を逸らしたぞ。

 どこがホワイト企業だよ。人間関係に難アリだよ転職すんぞこの野郎。


 結局……俺は江本に引き摺られる形で会社を出て、ひなのを迎えに行くことになった。


 道中、まだまだ明るい日光を浴びながら俺達は会話を交わす。


「いやー!入社して1年、やっと先輩と飲めますね!」

「……はぁ、お前本当飲み会が好きだな」

「え?私、参加した事ありませんよ?」

「は?お前毎回誘って来てたじゃん」

「……先輩が来ないから適当な理由付けて行って無いんですよ」

「へぇ、そりゃ悪い事したな。まぁ確かに社内でお前がちゃんと喋るの俺くらいだもんな」


 こいつ、本当に他の奴とはニコニコしてるだけでうわべの会話しかしねぇもんな。

 ……最近の若い奴は、なんて俺が思う日が来るとはな。

 いやだが本当に思うよ。恐ろしい、と。


「そうですよ!私、先輩しか居ないんですから……」

「お前ならすぐ誰とでも仲良くなれるだろ。俺はいい迷惑なんだからな」

「め、迷惑ですと!?」

「ったりめーだ。他の男の社員に疎まれて仕方ないからな」

「い、良いじゃないですか。こーんな可愛い後輩とお話出来る代償ですよ!」

「なら俺はお前を切る。平穏万歳」

「むぅぅぅううーーーー!!!」


 俺が冷たくあしらってやると、江本は頬をパンパンに膨らませて前を歩き始めた。


「お、おい、お前保育所の場所知ってるのか!?」

「……知ってますよ。先輩の事なら何だって」

「えぇ、こわ!?」

「先輩が以前教えてくれたんですよ!忘れるとか……そこまで私に興味無いですか、そうですか」

「……わ、悪かったって!」

「ふんっだ!」


 とまぁ、わいのわいのやりながらも俺達はひなのの待つ保育所に着いた。


 するといつもひなのを見てくれてる先生が、手を繋いでひなのを連れて来てくれた。


 俺の隣に立つ江本を見たひなのは一言。


「パピー、こいつとの浮気は許さんぞ」

「おまっ!?」


 保育士さんが「まぁ……!」って驚いてるだろ!?


 俺はひなのを抱き抱え、愛想笑いを浮かべて保育所を後にした。


 後ろを歩く江本は何故か「……う、浮気……私はそれでも……」とかぶつぶつ言ってて怖かったぞ。


 そしてようやく我が家が見えてきた。

 はぁ……疲れた。

 

「先輩の家、上がって行っても良いですか?」


 江本が不意にそんな事を言う。

 まぁ別に構わんが、俺も着替えたいしな。


「分かった、それじゃ一緒に来いよ」

「やった!」


 階段をひなのと手を繋ぎながらゆっくりと上がり、江本に今のフロアを上った次の角を曲がれば我が家である事を告げた。


「先輩、鍵渡して下さい。ドア開けますよ」


 俺は両手がカバンとひなのとで塞がっている事もあり、その申し出をありがたく受け入れた。


「助かるよ。ほら」

「これが……先輩のお家の鍵……!」

「……前見て歩け。こけるぞ」

「はーい……」


 俺達はようやく階段を上りきり、いつもの廊下に足を踏み出した。

 我が家のドアは角を曲がってすぐだ。


 もしも、もしもだ。


 もしもそこに誰かが居れば、誤魔化す間も無く視界に入ってしまうくらいにすぐなのだ──


「あ、諒太さん!一週間ぶりですね!あれからのご報告……に…………?」


 え?うちのドアの前に居るのは佐々倉さん……?


 白いゆるめのシャツに、黒のロングスカートを履いた清楚な女の子──うん間違いない佐々倉さんだ。


 なんで?ご報告にって……いや待てタイミングが全然よろしくないぞ!

 

 俺はギリギリと、首を軋ませながら江本の方を見た。


「……先輩ー……誰ですかこの女……?」

「い、いや誰って……何て言うかその……」


 言える訳ないだろ!?

 俺が家出少女を我が家に泊めたんだーなんて!


 俺が言葉に詰まっていると、佐々倉さんが俺の側にやって来てカバンを奪い取った。


「私、諒太さんの親戚で佐々倉みやびと申します。ね、ひなのちゃん??」


 ひなのにそう微笑み掛ける佐々倉さん。

 さらっと嘘ついてるし怖い、怖いよなんか!


「おっふ……ド修羅場だ……」


 お前どこでそんな言葉覚えて来るんだよ。保育所か?


 だが親戚とは丁度いい嘘だ。

 ありがたくこの流れに乗らせて貰う!!


「江本、そ、そういう訳だ!彼女はたまにこうやってひなのの世話してくれるんだよ!!」

「へぇ……知らなかったです。でもそれなら──」

「ほへ?」


 江本は空いた俺の腕を胸元に引き寄せ、満面の笑みを向けた。


「飲み会、ご一緒出来ますね!ね!ね!?…………ね?」

「ひぃ!?」


 しまった!なんて孔明の罠!!


 飲み会を断る口実が本当に無くなってしまった!


 しかも江本の笑顔、超怖い!!


「それに……会社の飲み会が嫌なら、私と二人でも──」

「あ、諒太さん!私、お料理作って来たので良かったら一緒に食べませんか?」

「!?」

「ひな……もうこの空気耐えられない……」


 俺もだよ……


 何でこんな事になってんだよ。


 二人は何故かお互いに牽制し合って意見を曲げないし。


『~~っ……!』


 見えない火花を散らすな。

 

 はぁ……そろそろご近所迷惑だ。


「二人とも、いい加減にし──」

『諒太さん(先輩)は黙ってて下さい!!』

「ひな……限界……」

「ひ、ひなの!?」

『!?』


 ひなのが泡吹いて倒れてしまった!?


「ちょ、二人とも、マジで終わりだ!江本、悪いけど俺はひなのを看なきゃならん!今日は諦めてくれ!」

「わ、私、すぐベッドに運びます!」

「佐々倉さん、頼む!」


 俺は江本にそう断りを入れた後、彼女を置いて家の中に入った。


 少しだけ手を伸ばす彼女を横目に見ながら──


「……先輩……」


 俺はそっとドアを閉め、ひなのの回復を待った。





 あの後、ひなのはすぐに元気になったよ。本当に良かった……


 そして俺は今、一週間前と同じように仏壇のある寝室のベッドの上で佐々倉さんと向き合っている。


 ……以前と違うのは正座して、という所だけ。


「諒太さん、何か言うことはありませんか?」

「いや、別に言うことなんて……」


 何で俺が悪い事した、みたいな雰囲気なんだよ。


「ふーん、お可愛い後輩さんと二人で飲みに行こうとしておいて、何も釈明はないと。潔いですね?」

「なっ!?」


 なんなんだ!この子から感じる圧が凄いんだが!?


「……私には手を出そうとしなかった癖に……」

「何だって?」

「いえ、何でも。はぁ……まぁ良いです。おモテになる事が分かって逆に良かったです」

「……なして」

「簡単な事ですよ!」


 佐々倉さんは急に明るい声に変わり、表情もさっきの暗いものとは打って変わった。


 そして、衝撃の発言が飛び出した。


「私、結局また母さんと喧嘩したんです。でも今回は家出じゃなくて、お互いに少し距離を置くことにしたんです。だから──」

「だから……?」

「──諒太さん!私をここに通わせて下さい!!」

「はぁ!?」


 彼女はジリジリと俺に近付きながら、赤らんだ顔を見せる。


「諒太さん……言いましたよね。いつでも来いって……私、本当に嬉しかったんです。ですからね、あの言葉の責任を取って貰おうって思ったんです」

「た、確かに言ったが、通うってのは……!?」

「はい!私、学校の帰り道がここなんです!なので放課後、色々お世話させて下さい!」

「なんだと!?」


 本気だ……この子、本気の目をしてる!!


「補導される時間までには帰ります。ちゃんと母さんにも話しましたから!」


 佐々倉さんは勢い良く右手を伸ばして、頭を下げた。


「──私を諒太さんの"通い妻"にして下さいっ!!」


 通い妻、ねぇ……


 ひなのはきっと喜ぶだろう。


 それに家に住まわせる訳じゃないから法的にも問題は無い……のか?

 母親からの許しも貰っているみたいだしな。


 ……ここまでされちゃ断る理由は無い、か……?


 俺は隣にあるあかりの遺影をちらりと見た。


 あかり、君は怒るかい?

 だけど俺はやっぱりこの子を放ってはおけないみたいだ。


 愛した君にそっくりなこの子を──


「分かった……よろしく頼むよ」

「! は、はい!!」


 俺が彼女の手を取ると佐々倉さんは笑った。

 

 あかりにプロポーズをした時と同じ、幸せそうな笑顔で──

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