今年5歳になる愛娘が家出JKを拾ってきたが、飼うことは出来ないので通い妻にしてみた。

棘 瑞貴

第1話 家出JKを拾った。


 俺の名は浅田 諒太あさだ りょうた

 S県S市にて男手一つで娘を育てるシングルファーザーだ。


「パピー、じぇーけー拾った~」

「ひなちゃん?もう一度言ってみようか??」


 まだ短い手を懸命に伸ばして嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる愛娘のひなの。平仮名でひなのだ、亡き妻と同じようにな。


 まだ俺の腰元程の大きさで前髪を斜めにパッつんにしてある。

 ひなのにはこれが似合うと、あいつがよくこうしていたんだ。


 しかし……我が家の一人娘はいつの間にJKなんて言葉を覚えたんだ天才か?


 って、違う違う。

 拾ったって言った?JKを???


 今は土曜日の昼間。

 7月も終わりに差し掛かる夏の真っ昼間だ、只でさえクソ暑くて頭がおかしくなりそうだってのに……


「あのねあのね、じぇーけーのお姉ちゃん拾ったの!」


 そう言って俺に必死にアピールする娘はとても可愛い。

 だが言ってる事は理解出来ん。


 俺達は今お散歩中だ。

 その道中、ひなのが「パピーおトイレ!」と言ったから公園に寄ったんだ。


 いつもなら多目的トイレを借りる所を「今日はお一人でだいじょぶ!」なんて言われた為、心配ではあったものの女子トイレにひなのは駆け込んで行った。


 そして戻って来たらこの発言。


 パピーは頭が痛いよ……


 俺はしゃがんでひなのと目線を合わせながら諭すように問い掛けた。


「……ひなちゃん?いいかい?JKは落とし物には含まれないんだ。よってJKのお姉ちゃんなんて存在しない。それでいい?」

「んー?わかんないけどだめ」

「だよね。分かってた」


 俺は諦めてひなのの言った事に真剣に向き合う事にした。


「……で、そのJKはどこに?」

「もうすぐ出てるるよ!」

「出て来るね。了解」


 内心、半信半疑だ。


 ひなのが冗談を言ってるならそれで良いし、なんなら出てこない方が良い。


 これが本当なら面倒な事になると俺の直感が告げている。


 ──だが、残念ながらひなのの言った事に間違いはなかった。


「……あ、あの……初めまして、佐々倉ささくらみやび、高校2年生です。お話は聞きましたでしょうか……?」


 トイレから出てきた少女はひなのと手を繋ぐ俺を見て、おずおずと頭を下げている。


 だが俺は彼女に何も答えてやることが出来なかった。


 動けなかったんだ。


 あまりにも似ていたから。


「……あかり……」

「パピー、このじぇーけーマミーじゃないよ?」

「……あ、あぁ……悪い」


 淡い薄緑のワンピースに、主張のしないシンプルなネックレスを身に付けたあどけない少女。


 少し背が低く、美しい艶のある黒髪。

 それは肩の辺りまで伸び、靡く様は見る人を惹き付ける。


 細い手足に控え目な胸元、あいつと違うのは胸元だけかもな。


「あ、あの……お父様……?」

「!」


 俺はみやびと名乗った彼女を眺めてずっと固まっていた。


 それに痺れを切らしたのか彼女が俺の前で困ったように笑う。


「お疲れ……ですか?」


 下から俺を見つめる彼女に、俺は面食らいながらもようやく返事をする。


「い、いや……すまない、何でも無いんだ。それより君、ひなのと何を……?」


 そうなんだ、さっきのひなのの発言によると彼女はひなのの拾い物って事だ。

 ……家出少女か……?


「あ……ひなのちゃんから何も聞いていませんでしたか?って、そりゃそうですよね、まだ小さいですし」

「あぁさっきからJKを拾ったって言って意味が分からないんだ。説明してくれるかい?」

「はい……」

「?」


 俺が説明を求めると、彼女は少しだけ暗い顔をした。


「あの……あちらのベンチでお話しても良いですか?」

「勿論。日差しも強いからね」

「ありがとうございます」


 ──弱々しく笑うその顔もよく似ている。

 

 俺達はひなのが近くの遊具で遊ぶのを見守りながらベンチに座った。


 木を組んで出来た屋根のあるこの場所は、猛暑でも涼しさを感じられる。


「さてと……佐々倉さん、で良いのかな。一体ひなのと何を話したんだい?」

「それは……」


 どうやら相当に言いにくい事のようだ。

 だがいつまでも萎縮していられては困る。


 トイレでお知り合いになった子を拾った、だなんてはっきり言って俺から見たこの子は不審者だ。


「すまないが話しにくい事でも話して貰わないと困る。娘に何かしようと思ってるなら──と、父親は考えてしまう」

「! そ、そうですよね……すみませんそんなつもりは本当にありません。順を追って説明します……」

「頼むよ」


 佐々倉さんは俯きながら、ベンチに差し向かいに座る俺に話を始めた。


「私……恐らくご想像の通り家を飛び出して来たんです。と言ってもついさっきですが……スマホも置いて来てしまって、とりあえずお手洗いを済ませたくなって──」

「ひなのと会ったんだな。でもよくあの子と話せたね。初対面の人には懐かないのに」


 言ってから気付く。


 初対面には見えない、か……


「あ、それはそうですよ。私達初対面じゃないです」

「そうだよな……君はあまりにも──え?」

「で、ですから私達、初対面じゃありません。以前職場体験で保育所に行った時に会ってるんですよ」

「そ、そうなの」


 世間の狭さにつくづく呆れてしまう。

 じゃあひなのは、あかりの面影を追って知らない人に付いていた訳じゃないのな。


「それで、お家を飛び出したのはなんで?」

「……言いたくありません」

「意外に強情だな」

「す……すみません。あの、こんな言い方をしてるのにご迷惑なのは分かってるんですが、一つお願いが──」

「断る」

「えぇ!?まだ何も言ってませんよね!?」


 はぁ……どうせ一晩泊めてくれとでも言うつもりなんだろ。

 未成年を泊めるなんて、詳しくは知らんが誘拐罪とか色々面倒な事になる。


 これでも大切な一人娘を持つ身。


 軽々しく危ない橋は──




「お邪魔します!!」

「わーい、じぇーけーがうちに来たぁーー!!」


 ……どうしてこうなった。 


「ねぇじぇーけー、我が家の感想を言うがいい!」

「みやびだよ、ひなのちゃん。そうだね……ひなのちゃんが大事にされてる、そんなお家だと思う」

「お、良く分かってるねじぇーけー!ひな、大事にされれるの!」

「うん、されてるね。良かったね」

「うむ!!」


 ……我が家のリビングで腰を落ち着けてひなのと話すJK。なんだこの光景は。


 すまん、話をすっ飛ばしてしまったな。


 家出JK──佐々倉みやびさんのお願いはやはり一宿一飯だった。


 俺は当然またすぐに断ったが、タイミング悪くひなのに会話を聞かれており……


 「じぇーけーが泊まりに来るの!?パピー、断ったら嫌いになるよ!!」と、言われてしまった。

 こんなんの断れんだろ。くそ。


 とまぁ、簡単な経緯はこんな感じ。


 愛娘に押し切られる形で妙な事になってしまったな……


 はぁ……こうなったら仕方ない。


「佐々倉さん、一晩だけだ。明日にはちゃんと帰りなよ。事情は知らないが冷静になる時間も必要だろうし……まぁひなのも喜んでるからね」

「! は、はいありがとうございます!」


 泣きそうな顔して笑う顔もあかりにそっくりだ……


「はぁ……そうだ、ひな!家に帰って来たらマミーに挨拶だよ」

「ん!今いく!」


 マンションの3階、2LDKの部屋は駅近という事もあり家賃は10万程。これでも安い方だった。


 そんな我が家の、妻との寝室だった部屋に彼女の仏壇がある。


 今から2年前、大病を患ったあかりはひなのを俺に任せてしまってすまないと言って鬼籍に入った。


 ……彼女を失った心の傷はまだ癒えてはいない。

 

 それでも毎日仕事に赴き、ひなのを育て、31歳の夏は過ぎて行く。


「ひな、チーンて鳴らして」

「ん!!」


 俺はひなのを膝の上に乗せ、線香を焚いた後におりんを鳴らせる。


 こうして両手を合わせる瞬間が1日で一番幸せな時間だ。

 この時間だけはあかりと話をしていられるからな。


 だがずっとこうしてもいられない。


 特に今日は。


「……浅田さん、私もご一緒しても良いですか?」


 ドアを開きっぱなしにしていた為、こっそりと顔を覗かせた佐々倉さんが恐る恐る訊ねてきた。


 一応あかりに報告はしたが、本人からも言って貰おうか。


「あぁ、じゃないとあかりに怒られそうだ」

「ふふ、浮気を疑われては困りますもんね」

「その通り。俺はこう見えても妻一筋だからな」

「佐々倉さん、結構男前だから遊んでるのかと思いました」

「おい、あかりの前でなんてこと言うんだ」

「あ、すみません」


 笑いながら謝ってくる彼女は、そのまま静かに目を閉じて両手を合わせた。


「……」


 1分程、そうして遺影と同じ顔を持つ家出JKは、真剣に何かを伝えようとしているように見えた。


 一体彼女は胸中に何を抱えているんだろうか。


 ……まぁ俺は知らなくて良い。今日が終わればもう会うことも無いだろうしな。


「さてと、佐々倉さん。夕飯の準備をするからしばらくひなのと遊んでてくれ」

「あ、あの!お料理くらいはさせてくれませんか?私……お金も払えないですし……」

「え?」


 この子、料理出来るのか……?

 正直凄く助かるが……


「じぇーけーお料理出来るのけ!やった!パピーのお料理は正直……いや、何でもない」


 ちょっとひなのさん?俺の料理が何だって?


 まぁ……あかりの料理に比べたら誰だって敵わんよ。

 俺は不器用だしな。


「佐々倉さん、それじゃ頼めるかい?」

「しっかりお勤めさせて頂きます!そ、その、期待はしないで下さいね。ひなのちゃんも、きっとお父さんの料理には勝てないよ」

「それはだいじょぶだよ」

「ひなちゃん?さっきからどういう意味か聞こうか?」


 ──そして夜7時頃、我が家の食卓には恐ろしく味覚を刺激する数々の料理が展開された。


「こ、これは……!!」

「じぇーけー、やるじゃん!!」


 俺の前に並べられたのは和食を中心とした料理だった。


 白く輝く米に、ワカメと豆腐だけが入った、だが湯気から香る確かな旨味を感じさせる味噌汁。


 さばの焼き加減も見事の一言だ。


 大根の煮物は短時間で作ったとは思えない程しゅんでいる。


 だし巻き卵なんて触れて無いのに凝縮されたエキスを溢している。


 さらに、ひなのには和食は難しいと判断したのか、可愛らしいオムライスを用意していた。

 

 これまた綺麗に卵で包まれており、ひなののスプーンを持つ手が震えている。


『……っ!!!』


 俺とひなのはいただきますを言うのも忘れてご相伴に預かってしまっていた。


「冷蔵庫のもの、結構減っちゃったんですが……すみません……」

「か、構わん!!人の作るメシは2年振りだ!しかもめっちゃ旨いし!!」

「だねだね!おいちぃーーー!!本当に……おいちぃ……」


 しみじみ噛み締めないでひなのちゃん。そろそろ泣きそう。


「あの……本当に美味しいですか?私、外の人に食べて貰うのは初めてで……」

「心配要らないよじぇーけー!マミーと同じくらいおいちぃ!」

「きょ、恐縮ですが良かったです」


 いや間違いないけど!

 ふんっ、だがあかりには遠く及ばんわい。


 しかし……


「ひ、ひな、覚えてるのか?」

「んー?うんうん!」

「……そうか。どうかずっと覚えててやってくれ……」

「うん!」


 何故だか無性に涙が出そうになる俺を見て、佐々倉さんが優しい顔を俺に向けた。


「奥様が本当にお好きだったんですね」

「……あぁ、未だに未練たらたらだよ」

「……素敵です。私もいつかそんな人と出会いたいですね」

「すぐ見付かるさ。君は美人だしね」


 そう……本当にあかりに似てな。


「! び、美人……ですか」

「あぁ、俺が太鼓判押してやるよ。その顔面を持つ女は幸せになる」

「ふふ、それは浅田さんが幸せにしてくれるからでしょう」

「どうかな……幸せ……だったのだろうか」


 今でも思ってしまう。

 

 あかりの病気はもう少し発見が早ければ治るかも知れないものだった。

 

 育児に忙殺され、俺も仕事をしながらでどうしても彼女の負担は大きかった。


 そんな中で見付かったのがガンだった。


 自分を恨んだよ。もっとあかりの為に出来ることがあったんじゃないかと、今でも思わない日はない。


 俺が沈んだ表情を見せてしまうと、佐々倉さんは箸を持つ俺の手に自分の手を重ねた。


「私には分かったような事しか言えませんが、幸せだった筈ですよ。ひなのちゃんを見て下さいよ」

「……ひなの」


 俺はひなのの方を見た。

 ひなのは俺の前にあるだし巻き卵を食べようと、覚束無い手付きで箸を操り料理を口に運んでいる。


 ──とても幸せそうにな。


「奥様が残した幸せの結晶がひなのちゃんです。あの子のあの表情……奥様が幸せだった証ですよ」

「そう……だな。ありがとう……佐々倉さん」

「いえ……さ、早く食べてしまいましょう。冷めちゃいますよ!」

「あぁ」


 俺は久々にあの頃の、あかりとひなのと三人で囲った食卓を思いだしながら夕飯を終えた。


 その後、佐々倉さんはひなのと一緒に風呂に入ってくれて、さらに一緒に寝ると言ってくれた。


 そのおかげで俺は久々にゆっくりとした時間を過ごせた。


 俺はいつもならひなのと一緒に眠る部屋とは別の、仏壇のあるかつてあかりと共に夜を過ごした部屋へと入る。


 この部屋には俺の物は無い。

 全て現在佐々倉さんとひなのが眠る部屋に持っていってある。


 だからここにはあかりの居た証がそのまま残っている。


 仏壇を見ながら思う。

 一人で寝るのは本当に久しぶりだな……


 年頃の女の子と寝室を共にする訳にもいかないし、これはこれで良いだろう。


 ひなのと居る時間は言うまでもなく幸せだ。

 だけどこうして一人心落ち着かせられる時間も大事で、佐々倉さんには感謝してもしきれない。


 少しだけ……今日だけというのが惜しくなるくらいにはな。

 

「ふぁ~……今日は本当に不思議な1日だった……」


 俺はあかりのベッドに入り、今日1日を回想する。


 仕事も休みでひなのとお散歩に出掛け、家出JKと出会い、家に泊め……手料理を味わい……


 あかりは怒るかな?

 結構嫉妬深い奴だったし怒るかも知れん。


 ……安心しろよ……あか……り……俺はお前だけを……


 段々と睡魔が俺の意識を遠ざけ始めた。

 

 かさかさとシーツの音が聞こえたのはそんな時だった。


「……浅田さん……眠ってしまいましたか……?」

「……んあっ……んー……?」

「……あ、眠ってても大丈夫ですよ。勝手に済ましておきますから……」


 ごそごそと、何かが俺の上に跨がってくる。

 シーツを剥がされ、温かく柔らかい感触が俺を襲う。


「……へ……?」


 んだよ……人が気持ち良く眠ろうとした時に──


「さ、佐々倉さん!?」

「あ、あんまり大きい声出したらひなのちゃんが起きちゃいます……!」

「……むぐっ」


 俺は体の上に乗る佐々倉さんに口を塞がれてしまう。


「むががっむぐっんんん!」

「あ、ごめんなさい。今離しますからどうかお静かに」


 そう言って彼女はパッと俺の口元から手を離した。


「……ふぅ……なぁ……これ何のつもり?」

「何って……見たら分かりませんか?」

「ふむ……」


 これはあれだよな。家出少女をお家に泊めた時に起こる定番イベント──


「夜のお勤めですっ♡」

「帰れ」

「ひゃぁ!?」


 俺は彼女を片手で払いのけた。


 ドスンっ、とベッドからお勤め少女の落ちる音が部屋に響く。


「ちょ、何するんですか!?」


 ベッドの下、床に座り込んで俺を見上げる佐々倉さんは妙に艶かしい。


 だがこの程度の誘惑に負ける訳にはいかん。


「あのね、俺は君みたいな子供に欲情しないの。分かったらさっさとひなのと一緒に寝てこい」

「い、嫌です!」

「本当、意外に強情な子だな!?」


 佐々倉さんは立ち上がり、俺が貸したあかりのパジャマのボタンを外し始めた。


「私、こんな事でしかお礼が出来ませんから……!」

「だから要らないって。大体君──」


 圧倒的に胸が足りんわ。

 俺は巨乳派なんだ。小娘が。


「む、胸元をじろじろ見て……何ですか……!」

「はっ、その程度の戦闘力では俺の息子はピクリとも反応せんわ」


 JK相手に何言ってるんだというツッコミは待って欲しい。

 俺も混乱しておかしくなってるんだ。


「せ、戦闘力!?浅田さん……さては私の胸が小さいとおっしゃりたいんですか……!?」

「その通りだ。あかりと同じくらいに成長してから出直してこい」

「こ、これを見ても同じ事が言えますか!?」

「なにぃ!?」


 佐々倉さんはボタンを全て外した後、さらしできつきつに抑え込まれた胸元を見せ付けた。


「き、君、貧乳さんじゃなかったんですか!?」

「……フフフ……初めてですよ……ここまで私をコケにしたおバカさんは……」


 た、確かに戦闘力53万くらいの衝撃を俺は受けているが……!!


「いつもジロジロ見られて嫌だったんですが……浅田さん……これで私に手を出してくれますか……?」


 赤く染まった顔とトロン、とした目付きで再び俺に迫る佐々倉さん。


 さらしを緩め、谷間を見せ付ける彼女に俺は釘付けになってしまう。


 あかりと同じ表情、同じ体、ずっとまた触れたいと願って止まなかった全てが、今、目の前にある。


「……私……初めてですから、優しくして下さいね……」


 固まっている俺の胸をそっと撫でた後、背中に両手を回した彼女は俺の唇に顔を近付けていく──


「……むぐっ」


 ──が、俺は彼女の唇に枕を押し付けてその攻勢を崩してやった。


「危なかったぜ……やはり乳の力は恐ろしい……」


 俺はすぐにベッドから離れ、冷や汗を拭う。


 佐々倉さんは押し付けられた枕を抱き締めながら、か細い声で「どうして」と言った。


「……私他に差し出せるものなんて無いのに……どうしてですか……?」

「どうしてって……」

「浅田さんは本当に何も聞かずに私を泊めてくれました。私っ……こんなに人に優しくされた事なんて……!」


 彼女は言いながらぼろぼろと泣き出してしまった。


「迷惑を掛けているのにっ……初対面なのにっ……何も返せるものなんてないのにっ……!」


 そんな事聞かれても困る。

 俺だってどうしてか分からないんだから。


 いや、本当は分かってる。簡単な事だ。


「あかりに……妻に似ていたから放っておけなかったんだ」

「やっぱり……私も遺影を見た時にそうだろうなって思いました……」

「だからこそ君には手を出せない。そんな事をしたら──」


 ──きっと俺はもう君を手放せなくなる。


「良い……ですよ」

「……!」

「奥様に私を重ねて下さい。それくらしか出来ませんから」

「……駄目だ。あかりに怒られる」

「私、奥様にも言いましたよ。一度だけ許してあげて下さいって」


 仏壇でそんな事してたのか。

 ……それなら聞かなくちゃいけないな。


「あかり、何て言ってた?」

「……ふふ、気になりますか?」

「めちゃめちゃ気になるよ」


 佐々倉さんは、あかりと同じ笑顔で言った。


「この子に手を出したら殺す、ですって!」

「ハハ……それは紛れもなくあかりのセリフだよ……」

「浅田さん……!」


 俺は思わず涙を流してしまっていた。


 ……くそっ……似すぎなんだよ……畜生……


 俺のそんな痛々しい姿を見てか、佐々倉さんが俺に抱き付いてきた。


「……奥様には叱られてしまいましたが、関係ありませんよ。私が浅田さんを放っておけませんから……」

「……おい……抱き付いてくるなって……!」

「先ほどより力が弱いですよ……?もういい加減諦めましょう?私を抱いて下さい……!」

「……っ……」


 良いの……か?

 あかりの生き写しとも言える子が現れて、そんな子が自分に手を出せと言ってる。


 運命、なんじゃないだろうか。

 

「俺は──」

「はい……浅田さんはいっぱい頑張ったんです。これはご褒美ですよ」


 豊満な胸が俺に押し付けられ、理性が消し飛びそうになった時だった。


「……じぇーけー?パピー……?」


『!!!』


 寝室のドアの奥からひなのの声がした。


 俺達は同時に振り返り、顔を見合わせる。


「……ひなのを一人にはさせられないな」

「……」

「佐々倉さん、申し出はありがたいけどここはカッコつけさせてくれ。君に手を出す事は出来ない」


 危なかった……ひなの……ありがとう!!


 佐々倉さんはぶるぶると肩を震わせながら俯いている。


 しょうがないとは言え、乙女に恥をかかせた訳だしな……


「本当に良いのですか……?」

「あぁ。それにそんな事したら俺は犯罪者だ」

「同意の上です。それに、私は──」

「駄目だ。それにお返しなら良いもの思い付いた」

「……え?」

「君の身の上話だよ。一体何があって今ここに居るのか、聞かせてくれるかい?」

「それは……」

 

 彼女は言いづらそうにしながらも意を決したのか短く頷いてくれた。


「……分かりました。ただその前にひなのちゃんを寝かせてあげましょう」

「ん、そうだな。そうしよう」


 俺達はひなのを迎えに行き、寝かし付けた後に再びこの寝室で話し合いをする事にした。





「私、実はVtuberなんです」

「へ?」


 さっきと同じようにベッドで向かい合う俺達。


 真剣な表情で口を開いた佐々倉さんは、俺の知らない職業?を教えてくれた。


 彼女からVtuberというものの簡単な説明を聞いた後、佐々倉さんは母親と喧嘩したとの切り口で話しを始めた。


「今、結構同接も増えててアーカイブとして投稿してる動画も再生数が上がって来てるんです。このまま大学には行かず本腰入れてやって行きたいって言ったら……」

「喧嘩になったと。まぁそりゃ怒るわな」


 ひなのが将来同じ事を口にしたら俺も止めると思うし。

 ただ俺だったらその時のひなのの本気度次第かも知れない。

 好きなものを否定されるのはきついだろうからな。


「……っ。母の言う事が至極真っ当なのは分かってるんです。大学に行きながらでも出来るし、安定したものじゃないって事は。でも、私が大好きなものを馬鹿にされた気がして……」

「あぁ……それは分かるよ」

「母は自分が公務員で安定した職業に就いているから余計に私の生き方が不安なんでしょうけど……」


 彼女のお母さんの気持ちは良く分かるよ。


 こうなりゃ俺が言える事はまぁ一つしかねぇな。


「佐々倉さん、君は本気でそれをやりたいのか?」

「はい……!!お金だって、もうすぐ収益化や投げ銭の換金が可能になりますから、一人でも暮らしていけます……!!」

「そうか……」


 俺には彼女が一人でも暮らしていけるその収入源が良く分からないが、目を見りゃ分かる。

 あかりと同じ、本気の目をしてやがるよ。


「だったら俺が出来る事は一つ」

「……!」


 俺は彼女の頭にぽん、と手を乗せ優しく撫でてやる。

 ……これくらいは許してくれよ、あかり。


「俺が全力で応援してやる。困ったらいつでもうちに来い。役に立つかは分からんが相談くらいには乗ってやる」

「! あ……浅田さん……良いんですかっ……私……友達にもっ……先生にも……止めとけって言われて……!」

「ははっ、泣くなよ。皆君の事が心配なだけさ。俺の事は上手くいかなかった時の最後の安寧の場所とでも思えば良い」

「……あぁっ……うぅ……ありがとうございますっ……!」


 ……今日だけで終わる関係だと思っていたのにな。


 どうしても俺は彼女を放っておけないみたいだ。


 何やってんだろーな、本当……


「……浅田さんっ……私、やっぱりお礼がしたいですっ、私を──」

「うん、それしたら俺がクズになっちゃうからもう寝ろ」

「えぇ!?酷い!!」


 酷くねぇよ。せっかく良い感じだったんだから最後までカッコつけさせてくれ。


「浅田さん……ならせめてお名前、教えて下さいませんか? 」

「あぁそう言えばまだ教えて無かったな。諒太だ。ひなのと違って漢字でな」

「男性で平仮名は珍しいですもんね。そうだ、実は私も平仮名なんですよ」

「へぇ……凄い偶然だな」


 本当に……凄い偶然だよ。


 その後、彼女にはそのまま俺が使っていたベッドを渡し、一人で冷静になる時間を作ってやった。


 俺は結局いつもと同じようにひなのと眠り、朝を迎えた。


「おはようございます、諒太・・さんっ」

「……お、おう。おはよう」

「ひなのちゃんも、おはよ!」

「……ん……っはよ、じぇーけー」


 目をこすりながらリビングに向かった俺達を待ち受けていたのは、新妻よろしくあかりの赤色のエプロンを着た佐々倉さんだった。


 俺が台所に置いてたの見付けたのね。


「何やってんの……」

「何って、朝ご飯作ってるんですよ?」

「パピー、超良い匂いする」

「む、確かに……」


 この子、本当に料理が上手なんだな。

 やれやれ、本当にまた来て欲しいものだよ。


「すぐ出来ますから、待ってて下さいね!」

『は~い』


 ……すっかり馴染んでんじゃねぇか?怖すぎだろJK。


 佐々倉さんはすぐに朝食を作り終え、俺とひなのはそれを美味しく頂いた。


 そして──


「諒太さん、本当にお世話になりました。このご恩は忘れません」

「あぁ、またいつでも来いよ。ひなのも楽しみだろうしな」

「うむ!また来るが良いぞじぇーけー!」

「はい!ひなのちゃんもありがとうね」


 着の身着のまま我が家を訪れた家出JKは、母親と仲直りする為にきちんと帰る決断をしてくれた。


 ……何とか俺の事は隠して説明して欲しいものだな。


 佐々倉さんはペコリと頭を下げてた後、顔を上げてニッコリと笑った。

 表情を見るに彼女の曇りは晴れたように思う。


「それじゃ諒太さん、ひなのちゃん、また!!」

「おう!」

「ばばーい!」


 颯爽とマンションの階段を下り、佐々倉さんは消えて行った。


「……行っちまったな」

「ね、パピー」

「どうした?」


 俺は玄関の扉を閉めた後、しゃがんでひなのの言葉を待った。


「じぇーけーとなら浮気許したげる」

「ごほっごほっ!!」


 ちょ、ちょっと待て!?

 唾が変なとこ入っただろ!


「ひ、ひなの?浮気なんて言葉使っちゃいけません!」

「じゃあ不倫」

「天才かお前!?──って、そうじゃなくて!」


 ……あかり……ごめん。

 俺育て方間違えたかもしれん。

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