第5話 誇り高き者
暑さ寒さも彼岸まで…。そんな言葉通り、夜の風は日増しに冷気をふくんでいた。
いつも通りに来店客をもてなして見送ったセキの腕に、呉羽が腕を絡める。
「セキ、オーナーが消えた以上、ここに居続ける必要ないでしょ? わたくしと、戸隠山へ来ない? そうすれば、その不確かな身体も手にいれる事ができるわ」
セキは、そんなに酷い顔をしているのかと笑い、呉羽の腕をやんわりほどいた。
「…この店がある限り、アタシはここにいたいの」
「彼女は消えたのよ。実体をたもてなくなったんだわ。待っていても無駄よ」
口調を強めた呉羽を、アキが諌める。
「無駄じゃないでしょ、呉羽。僕も信じたい。あの美しくて、意志の強いオーナーが消えるはず無いって」
「オーナーは、アタシに何かあれば名前を呼べと言ったの。自分で言っておいて限界だから消えたなんて…、オーナーらしくないわ」
「あれだけの業火の中、それを言うのか…。イイ女だな」
やけに年寄りじみた声色は、アキの本来の年月を感じた。アキも疲れをにじませている。それでも、呉羽をなだめるように店内へ手を引いて行った。
オーナーが姿を見せなくなってから五日。アキと呉羽は毎晩セキ達と共に地下への威嚇を続けてくれていた。
麗奈が来れば、アキは当たり前のように麗奈へ手を差し伸べる。アキの中で、人に対する何かが変わったのだろう。
呉羽も、毎晩体力の限界まで足を打ち付けて踊る麗奈に、何か感じるものがあったようだった。
しかし彼女達の本来の場所は、戸隠山。地下への威嚇が終わる彼岸明けには、帰るのが通例。
店は、火が消えたと同時に修復されている。もともとオーナーの力が
ただレモンの木はだいぶ炭化してしまい、せっかくついたレモンの実は、半分ほどになっていた。
「燃えてしまった枝は、落とした方が良いのかしら…」
もしオーナーがいれば、笑って答えてくれるのだろうが、オーナーはいない。
「おまえ、自分のせいだなんて思ってないよな?」
ゲンスケが同じようにレモンの木を見上げる。
「あんたが、アタシの立場ならどう思う?」
「…自分が消えた方がマシだって、思うだろうな」
「…分かっているなら聞かないで」
「これから、どうする?」
オーナーが戻って来なかったら…。
店はある。レモンもなんとか生きてる。自分達も、変わらず実体を保てている。
それなら…。
ふと、レモンの木がザワザワと葉を揺らした。葉に緑が増し、爽やかなレモンの香りが辺り一帯に漂う。
レモンの木の向こうから竹筒を打ち鳴らす音が聞こえた。
セキと、ゲンスケが、顔を見合わせる。
異変に気づいたユナや、エモト、呉羽やアキも表へ出てきた。
ドン、ドン、カ!! ドン、ドン、カ!!
パッ…と、レモンの木が光ると、セキ達は、例の竹筒を打ち鳴らす三百人の幽霊の前にいた。ここ毎晩見ている光景。
ただ一つ、いつもと違うのは、竹筒の海を実に楽しそうに踊っている女性がいた。
彼女は、白いブラウスに、薄い絹を一枚腰に巻いている。靴など履いておらず、素足の爪は桜色。薄布の結びから
「「オーナー!!」」
やっぱりオーナーは、幽霊一、美しかった。
「それで、この燃えちゃった枝の部分どうするの?」
アキアカネと呉羽が山へ戻る日、セキ達は皆で店の前まで見送りに出ていた。
店先には、無惨に燃えた枝が痛々しいレモンの木。
「そうね。このままじゃ、木に負担がかかるから切った方が良いんだけど、神聖な木にハサミを
オーナーがアキアカネを見つめた。
「アキ、お願いできる?」
「オーナーのお願いでしたら喜んで」
アキは
神剣はオーナーに身を
オーナーは一振りで焼けた枝を切り落とした。
「かたな?!」
「そう。
「確かに…」
「戸隠神社の中社から奥社へ向かう途中の、隋神門の先に、杉並木が広がっているの。立春と立冬の頃に、太陽がこの参道に沿ってまっすぐ昇るのよ。一度あなた達にも、見せたいわね」
「オーナーは、見たことあるの?」
「まあね…」
「アキが人の姿を保てるのはこの立春と立冬、あと赤トンボが舞う今くらい。呉羽は、セキが気に入っているというのもあるけど、やっぱり人肌が恋しいのでしょ」
神剣でも、トンボの姿でも、話相手にはなるんだけどね…と、オーナーは優しく労る様にアキの刀身を撫で上げた。
スルリ…と、人型にもどったアキがセキに近づく。
「オーナーが姿を見せなかった間、何をしていたか聞いた?」
「…いえ」
「知りたくないの?」
セキは少しだけ考えてみたが、直ぐに答えがでる。
「知りたくない訳では無いけど、オーナーが話さないという事は、今はその時期じゃないんだと思う」
言葉にすると思いのほか納得できた。たぶん本当に必要になった時に、聞かせてくれる。
「ふん」
アキはそんなセキを
「今回は、色々お世話になって、ありがとう。又のご来店、お待ちしています」
呉羽とアキアカネに向かってオーナーが丁寧に頭を下げると、セキ達がオーナーに
「セキ、わたくしと来ないの?」
相変わらずの呉羽に、セキは笑いながら首を振った。
「気が変わったら、いつでもいらして」
「ありがとう。でも、オーナーは、アタシを手放したくないでしょう?」
「私は、スタッフを縛る気はないわ! 行きたい時に、行きたい所へはばたいてちょうだい」
傾いた夕日を、カラスが鳴きながら追いかけて行く。名残惜しそうにしていた呉羽とアキも戸隠山ヘと帰って行った。
「今年の彼岸は、なかなか楽しかったわね」
オーナーが、エスコートしなさいとばかりに、セキへ揃えられた指先を向けた。セキはクスクス笑いながらオーナーの指先を受け取ると、そのまま自分の腕にオーナーの手を絡ませる。
きょとんとした幼顔は思いのほか可愛い。
「アキ坊やと、同じエスコートはしないわよ」
オーナーは、素晴らしい笑顔で微笑んだ。
この人の隣にいて、どんな仕事も目の前で見るからこそ、こんなハラハラ、ドキドキ味わえる醍醐味。
「アタシ、オーナーが二度と無茶しないように、鎖でも作ろうかしら?」
「…私につける鎖? 面白いわね! 鈴もつける?」
「はぁ。いやねぇ」
たぶんこの人にとって、スタッフやお客を守る事は当然なんだ。ほんと、アタシ達がどれだけ心配したなんて、微塵も分かっていないのかしら?
「そういえば、火をつけた男は助かったの?」
「もちろん! 私の店で命を落とさせる事なんてさせないわ」
「でも、火をつけたのよ。うちには麗奈ちゃんもいたのだから」
「罪は償ってもらうわよ。ゆっくりとね!」
オーナーがニッコリと笑って言う。
「オーナー、今の顔怖いわよぅ」
「あら? だって私は誇り高き幽霊なんでしょ?」
…そういえば、セキはあの燃えさかる炎の中、そんなような事を言った。
『…ララカの名の
「…あれ、聞こえてたの?」
「当然でしょ。私の店で、私の名前を使ったのよ?」
「ん―――!」
おわり
最後までお読み頂きました皆様に、心からの感謝を込めて。ありがとうございました。
美容室では小粋なダンスでご参加下さい【肆】 高峠美那 @98seimei
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