第4話 ララカ

 ドン、ドン、カ!! ドン、ドン、カ!!

 ドン、ドン、カ!! ドン、ドン、カ!!


 幽霊三百人による竹筒を打ち鳴らす音。


 空は赤く染まり、強い風がモミジやイチョウの葉をどこからか運びてんに舞う。群衆の中で、時より渦巻く枯れ葉は異様。竹筒を打つ遥か彼方かなた、皆が『さあ、いつでもおはいりください』とばかりに一心不乱で竹を鳴らす。


 身構えるでもなく、タイミングを図るわけでもないオーナーが、躊躇ちゅうちょなく竹筒の海に飛び込む…、まさに瞬間!


 セキに、ざわりと緊張が走った。赤い髪を強風になびかせたアキアカネが呟く。


「イヤな予感がする」

「それは…、の知らせ?」


 瞬きの間の一瞬のやり取り。次の瞬間にはオーナーの声が竹筒の音を打ち消した。


「店先にガソリンが撒かれたわ!」


 セキは瞬時にオーナーの隣に立つ。ゲンスケと、エモトがさらに続いた。


「直ぐに火が回る! ユナと麗奈は、二人とアキと呉羽ここをお願い。セキ、戻るわよ!」


 アキがビクリと肩を揺らし、オーナーの手を取った。自信満々のいつもの顔が、珍しく崩れ、悲痛なまでにオーナーにしがみつく。


「待って下さい! 僕も行きます! これは…、僕のせいだ!」


「だめよ。ここにいる以上、あなた達はお客でしょ。お客の安全確保は私達の仕事。指示にしたがって」


「でも! 火をつけたのは、僕が追い返したあの男だ――っ!」


 ――――――!!


 ドン、ドン、カ!! ドン、ドン、カ!!


 竹筒の音だけが鳴り止むことなく続いていた。


「今は…、急ぐのよ。アキ、あなた麗奈れいなの手を引いてあげてちょうだい。うちの大事なスタッフが足にケガでもしたら困るでしょ?」


「――なっ」


 オーナーが、ユナと麗奈を両手で抱きしめた。


「いい? 地下へは威嚇をつづけて。足音はきらさないで。地下の住民が震え上がるくらい豪快なダンスで威嚇しなさい!」


「…はい」


 返事をしたユナがレースのスカートをまくり上げる。そのまま勢いよく竹筒の海に突っ込んでいった。竹の上をフラメンコのように高らかに片手を上げながら踊るユナは、オーナーの指示通り、休む事なく足を打ちつづける。


 ユナに続きたい麗奈だが、気持ちはあるが足が動かない。

 オーナー達の姿はすでに消えていた。


 アキも麗奈の手を引く事に戸惑っていた。真っ黒なこの手を差し出した所で、麗奈は拒むだろうと。


「うちの大事なスタッフをよろしくね」


 アキの耳元に、優しいオーナーの声が届いた。


「…わかりました」


 アキは意を決したように、麗奈へ手を差し出した。重ねられた麗奈の手は、予想していたものと違い感謝と敬意にあふれていた。




「まずいわね。レモンの木に、火がうつっているわ」


「バカな男だな。ガソリンなんて直ぐに気化して自分も黒焦げだ」


「まだ、助かるわ! エモト、その人を病院へ。救急車を呼ぶより直接運んだ方が早いでしょ」


「え? 助けるの?」


「そうよ! 行って!」


 エモトが男を担いで消える。


「火の回りが早いわ。セキ、うちだけに結界をはるから酸素を抜いて。ゲンスケは、外側から近隣の安全を。いい? 私達は幽霊だから火の中でも死にはしないわ。でも、力の消失は実体をたもてなくなる。いいわね? 自分の力が足りないと感じた時は、私を呼ぶのよ!」


「わかったわ。…それで、オーナーは何をするつもりなの?」


 セキの心配をよそにオーナーは、軽く答えた。


「私は、レモンの木の負担を減らしてみる。あの木がちたら、地下から抑えきれないほどの数の悪霊が地上に放たれてしまうわ」


「木の負担を減らすって…、まさか、オーナー自身に取り込むんじゃないでしょうね? 冗談はやめ――っ」


楽々花ララカ


「え?」


「ララカよ。私の名前。この地にいる限り私の名前には力がある。危なくなったら使いなさい」


「オーナー!!」


 オーナーの姿が見えなくなる。火の勢いは恐ろしいまでに空へ黒煙を吐いていた。

 今はオーナーの指示に従うしかない。信じていない訳では無いが、自身に悪霊を取り込んで無事でいられるのだろうか?

 美形を歪ませたゲンスケも同じ事を考えているのだろう。しかし今はやるしかない。


 セキは店の中から。ゲンスケは外から互いに火を消す為に空気を抜いた。

 麗奈達がいる異空間へは影響がいかないよう充分に気を使いながら圧を高める。しかしガソリンが撒かれているためなかなか火は消えない。


 早く…。もっと早く…。早くしないと、あちらで頑張ってる麗奈やユナの体力がもたない。それにオーナーの負担が…。


「――くっ。早く!!」


 ゲンスケが、ガクリと崩れたのを感じ取った。二人で一本の筒を繋ぐように結界内の酸素を抜いているので、さながらバンブーダンスの竹筒のようにゲンスケの姿がわかる。


 このままだと、火を消す前に自分達の力が尽きてしまう。気づけばセキの身体は実体をたもっておらず透き通っていた。おそらく煙と灼熱地獄で保てなくなっていたのだろう。


 ゲンスケが丸メガネのフチを持ち、顔から乱暴に抜き取った。ゲンスケの目が、最後の力を受け取れ…と語って、一気に圧が強まる。


「――っ!」


 ダメ! アタシ達が消えるのをオーナーは認めてない。セキは薄れていく姿を何とか保ちながら、炎が燃え盛る木目の床に手をついた。


「…この地の契約者、ララカの名のもとに気を清めよ! 火を消し誇り高き彼女の戦場せんじょうを守れ!」


 ブワッ! 空気が揺れた。セキの言葉に地がゆらめき、清らかな水滴が四方八方舞い上がる。水滴に触れた火は劇的に勢いを無くし静まり返った。


「消えたな…」


 ゲンスケの声に振り向くと、二人とも実体を保っている事に安堵する。


「早く、ユナ達の所へ戻ってやろう。心配してるだろうし」


「…そうね」


 多少ボロボロになりながらも、セキ達が麗奈達の所へ戻ると、エモトも戻って来た。


「セキさん! 良かった! 無事なんですね?」


 麗奈がグシャグシャに泣きながら駆け寄る。


「ゲンスケさんも、エモトさんもお帰りなさい!」


 セキ達が戻った事で、取り敢えず店の危機は脱したのだと、ユナはダンスを止めた。彼女のふらついた身体をエモトが支える。


 麗奈は、ベニの縁取るはねを背にしたアキにエスコートされていた。


「…オーナーは?」


 アキが神妙な顔で、セキに尋ねてくる。セキは自分でも驚く程身体が震えた。


「セキ、あんたオーナーの名前使ったんじゃない? 限界迄に力を使っていたのは、セキだけじゃない。オーナーも同じだよ。そんな状態のオーナーから力を借りたらどうなるか分からなかったの?」


「――っ!!」


 ドン、ドン、カ!! ドン、ドン、カ!!

 ドン、ドン、カ!! ドン、ドン、カ!!


 竹筒の音は響くのに、にこやかに笑うオーナーの姿が現われない。


 空からは、キレイに色づいた赤や黄色の葉っぱが、はらはら、はらはら、雪のように落ちてきた。木など無いはずなのに…、はらはら、はらはらと。


「オーナーは…、消えたのね」

 

 呉羽の言葉が聞こえても、セキは足元を埋めていく枯れ葉の中、動く事ができなかった。


 


 

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