第3話 手始めに

太陽がだだっ広い草原の隅々まで光を届けている。


快晴だ。


「へぶぁ! いてえな、ちくしょーが!」


俺は血反吐を吐いて、乱暴な言葉を放つ。


ただし地面に吐いたのは、唾液成分100%なのはここだけの秘密だ。


こんな清々しい日にも関わらず、俺が対峙しているのは、大型の人型モンスター、オークだ。


人間と同じ二足歩行だか、肌は緑色であり、その表情からは知能の低さが垣間見えている。


うーん、あの顔から察するに、知能はオリビアと同じくらいだろうか。


だけど、さすがはモンスターと称されるだけのことはある。


手に持ったいかにも重そうな棍棒を軽々と振り回して、こちらに攻撃を繰り出してくる。


先程からなんとかオークの攻撃をかわしている一方で、反撃の糸口がまるで見出せていない。


「ちょっとマサクズさーん。早く倒してもらわないと夕飯に間に合わないんですけどー」


オークと必死の攻防を繰り広げる後方でオリビアが退屈そうにあくびをしている。


よし決めた。もしこのオークを討伐して報酬が貰えたとしても、オリビアにはびた一文も分けてやるもんか。


ロイヤルオーク。


屋外エリアに突如として現れては、若い女性に首輪を嵌めて連れ去ってしまう恐ろしいモンスター。


手慣れた冒険者には一撃で仕留められるらしいが、俺にとってはかなりの強敵であることに違いない。


実際に相手の攻撃を避けるのに精一杯で、一撃たりともまともな攻撃を当てれてはいない。


現在、俺の手持ちは先程購入した短刀のみ。


お互いに一つずつ買おうと提案したが、オリビア曰く『いいかしらマサクズ。大事なのは、量よりも質よ』ってことで武器は二人の給料を合わせてギリギリ買えるものになった。


それでいてオリビアは短刀に触れようともしない。


こいつ絶対に戦う気ないだろ。


頭の中でオリビアに対する不満を爆発させているとオークの攻撃に対して反応が遅れる。


「うぎゃゃゃゃゃゃ」


棍棒が見事に俺の股間に命中した。


ダメだ⋯⋯もう死んじゃう。


「ちょっと、何モンスターみたいな声出してるのよ。これじゃあどっちが敵か分からないわよ」


うん。お前は完全に俺の敵だな。


俺はあまりの痛みに短刀を手放して、両手で股間を押さえる。


「おわ、あぶねー」


すかさず繰り出されたオークの一撃を間一髪でかわして距離を取る。


ダメだ。最初はオリビアを庇うような形で戦闘していたが、今はそれどこじゃない。


「おい、オリビア。お前も一緒に戦ってくれよ」


「全然言葉がなってないわね。それがこの世界を統治する女神に対する言葉遣いかしら」


「オ、オリビア様! どうか私に力を貸していただけないでしょうかー」


なんだろう、心の底からあいつにグーパンチを食らわせてやりたい。


俺は命からがらオークの攻撃をかわしつつ、少しずつ距離をとる。


こんな辛い日がやって来るなんて夢にも思わなかった。


親にもぶたれたことないのに!


次の攻撃に備えていると、ふとオークの視線が俺から外れていることに気がついた。


「しょうがないわね。これだからマサクズニートは。いいかしら、目的が達成できなければ働いてないのと同じなのよ。つまりあなたの今日の労働時間はゼロよ。ゆえに報酬は全部私のものだから。もし分けて欲しいのなら、帰って肩揉みと足のマッサージを私が満足するまでやりなさい。ついでに、座っている私の横でいいって言うまで、羽のうちわをあおいで⋯⋯ギャッ、何よこれっ!」


胸を張って自信満々に告げるオリビアの首元に首輪が装着されている。


首輪には鎖が付いており、元をたどってみるとオークへと繋がっているではないか。


「あれ、あれあれあれっ! どうして女神の力が使えないのっ!」


オークが手綱を引くがごとく手に力を入れると、オリビアは抵抗も出来ずに引き寄せられる。


「えっと、ほら、私ぽっちゃり体型もいいと思うのよね⋯⋯」


オークはにんまりといやらしい笑みを浮かべると、俺など胃にも介さずに踵を返して森の方へと歩き出す。


「オリビアー! ど、ど、奴隷にされてるじゃねーかぁぁぁぁぁ!」


目に涙を溜めながらも、必死に睨みをきかしているオリビア。


やめとけって、それ多分オークにとってはご褒美だから。


絶対に後で調教されるやつだから!


俺は落とした短剣を拾うと、オークの背中に向かって駆け出した。



「ひぐっ⋯⋯えぐっ⋯⋯」


目の前にはオークの手は離れたものの、未だに首輪をつけてうずくまっているオリビアがいる。


先程まで死闘を繰り広げたオークは、胸を短刀で貫かれて横たわっている。


「うっ、うぅぅぅ⋯⋯マサツグ様ぁぁぉぁぁぁ〜!」


人々に崇められる存在の女神。


きっと誰かに屈服させられたことなんてないのだろう。知らんけど。


いくら女神と言えども、抵抗できない恐怖は相当なものだったのだろう。


「オークに、女をさらうときは無防備になる習性があって良かったな。おかげで何とか倒すことができたな。⋯⋯ほら、報酬はオリビアにやるからさ。今日はもうゆっくりしようぜ。首輪も外してもらわなきゃだしな」


俺は泣きじゃくるオリビアの手を引いて、街へ帰った。


短剣もまともに使えない俺と、女神の力もまともに使えないオリビア⋯⋯いや、このパワーティ弱すぎだろっ!





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