第2話 目的

第二話 目的


髭を生やした大男が声を張り上げる。


「おーい、オリビアちゃん! 今度はあっちに罠を仕掛けてもらえるかー」


「わっかりましたー!」


元気よく返事をしてせこせこと作業を行うのは、力を回復するまでの間、俺の家に居候している女神だ。


女神だから、こんな仕事は不慣れだと思っていたが、意外と卒なくこなしているのには少し驚いた。


まあ、言われたことに従って罠を仕掛けるだけだの単純な仕事だから、器用もくそもないか。


「おい、マサクズ! いつまでそこでボーッと立ってるんだよ! ちっとはオリビアちゃんを見習って仕事しろや!」


親方の怒気を含んだ言葉を受けて、俺はしぶしぶ作業に戻る。


いやいや、そんなことより、俺の名前はマサツグなんですけど。


それにしても働くって大変なんだな。


初日は仕事の疲労が凄すぎて、風呂に入るのも忘れて爆睡してしまった。


だけどさすがに一週間もすれば、徐々に身体が慣れてきた。


それでも夜になると猛烈な睡魔に襲われるのには違いはないけど。


そんなマイナスに溢れた日常生活であるが、プラスなこともあった。


睡眠リズムが、日本にいた時よりも圧倒的に良くなったことだ。


朝日と共に目を覚まし、太陽の下で労働に勤しむ。夜は早めの夕食を摂って、眠たくなったら寝る。


まさに、健康。

まさに、充実。


給料は決して高くないけど、俺はこのまま健康で文化的な最低限の生活を⋯⋯。


「って、ちがーう!」


「おい、マサクズ! 一人で吠えてないで、早く仕事に戻れっ!」


「はい! すんません!」


せめて、名前は覚えろよ。


俺は仕事に戻るふりをして、そっとオリビアに近づいて耳打ちする。


「おい、オリビア」


「何よ、マサクズ。ちょっとは仕事に集中しなさいよ。今日は私のノルマが終わっても手伝ってあげないからね。先にお風呂入ってご飯食べて寝ちゃうからね」


額の汗を拭って爽やかにつげるオリビア。


「いや、マサツグな。お前は間違えんなや! それより、先にお風呂や飯はいいとして、どうして俺たちはこんな仕事してるんだ?」


オリビアが来てから、俺の生活に起こった変化といえば、真面目に働くようになったことくらいだ。


世間一般的には、ヒキニートが仕事をし始めたことで、めでたし、めでたしだろう。


だが俺たちの目的は、労働に勤しむことだっただろうか。


もっと崇高で大きな目的があった気がするけど。


「マサツグは『働かざる者、食うべからず』って諺をしらないの? ったく、これだからクズニートは。今はまだ週五勤務だけど、最終的には週七で働いてもらう予定なんだから頼むわよ」


「働くのが重要なのは分かったから。それより俺は世界を救いに来たんじゃないのか? このままだと、バイト店長で寿命を全うしそうなんだが」


最初はヒソヒソ声で話していた俺だが、後半になるにつれて徐々に声に力がこもってくる。


「おい、マサクズ! サボった上にオリビアちゃんの邪魔までしよって、どういうつもりだっ!」


「さーせん! 今戻りますっ!」


別にサボるつもりは毛頭ないんだが⋯⋯、いやちょっとくらいはあるかもしれないけど⋯⋯。


なんだろう。


俺の想像していた世界と違う気がする。


世界を救済する主人公と言えば、住民に歓迎され、必要な武器を支給されたり、宿を提供されるものではないだろうか。


だけど実際は、どうだろう。


日々、日銭を稼ぐので精一杯だ。


敵なんかを倒している場合ではない。


それに、そもそも敵と対峙したことすらないのだけど。


「世界を救済する冒険だって、見方を変えれば労働みたいなものよ。だったら、ヒキニートがいきなり冒険にでるのは、無謀以外の何者でもないでしょ。まずはこうやって、仕事に慣れることから始めるの。それにこの罠だって、敵が責めて来た時に対抗するものなんだから無駄にはならないわよ」


言われてみれば、それもそうだな。


ヒキニートがいきなり働けるはずがない。


ましてや、まともな装備もないのだから、精神的にも肉体的にも勝てる要素が一つもない。


「別に毎日冒険するわけじゃなくてもいいからさぁ。週末だけでも街の外に繰り出してもいいと思うんだけど。あと、俺たちが罠を作っている側は、進めば生物の生存を許さないノーマンズランドだから、そこから敵がやってくることはまずないと思うんだけど」


そもそも俺たちが暮らしている街は、この世界で最も安全とされている。


加えて街の裏手はノーマンズランドのため、そこから攻めて来られる可能性はゼロだ。


まあ、ノーマンズランドがあるが故に攻めにくく安全になったとも言えなくもないけど。


「平日はちゃんと働くって言うんなら、休日はマサツグの好きにしてもいいんじゃないかしら。それにやる気があるのはいいことだしね。帰ってきたら結果を教えてちょうだい」


「おいおい、オリビアも一緒に行くに決まってんだろ!」


「えー、しょうがないわね。せっかくの休日だけど、仕方なく付き合ってあげるわ。女神がいれば百人力は間違いなしよ」


「いろいろ引っかかるけど、一つよろしく頼むわ」


俺たちは拳を突き合わせて、うんと頷く。


「おいっ! マサクズ! 早く戻らねーと、ちゃんとした名前で呼んでやらんぞ」


「すみません⋯⋯って、やっぱりワザとじゃねーかよっ!」


オリビアと別れると、俺はワクワクした気持ちで作業に戻った。







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