第1話 約束

そんなこともあったなぁ⋯⋯。


久しぶりの再会にも関わらず、まるでつい最近出会った様な感覚を俺は覚えた。


と言うのも、目の前にいるオリビアは、二年前に会った時となんら変わることのない美貌と神々しさを放っているからだろう。


俺は自分でも驚くほど落ち着いた心で、オリビア尋ねた。


「二年前にした約束のことだけど。俺は果たせたのだろうか」


オリビアは優しい笑顔で微笑みながら口を開いた。


「そんなこと、あなたが1番分かっているんじゃないの?」


確かにそうだ。

いくら女神がお願いしたとは言え、オリビアはずっと天界にいたのだから。


頭を使い、足を使って実際に行動したのは、まぎれもなく俺自身だ。


俺は胸に手を当てて、この2年間を反芻する。


寝て

起きて

ダラダラして

寝て

起きて

ダラダラして⋯⋯


「⋯⋯⋯⋯楽しかった!」


「いつまでプー太郎してるのよ、このマサクズっ!!!!!!!」


女神とは思えないほどの剣幕で詰め寄ってくるオリビア。


「ほんっっっとうにバカ! なに転生初日から与太郎ムーブかましてんのよっ!」


キッーっと唸ってオリビアは地団駄を踏む。


「ちょっ、待ってくれ! 新しい世界に来たら、まずはその世界に馴染むのがお約束だろ。いきなり世界を救うおうするのは、あまりにも危険だと俺は思ったんだ」


「二年とかかかりすぎだから。今回あなたを探そうと思った時だけど、もう馴染みすぎて現地人と区別つかなかったわよ!」


「だとしたら、どうやら俺の作戦は成功したみたいだな」


口端を吊り上げてオリビアを見やる。


「な、なんなの。プー太郎のくせにこの頼もしさは」


たじろぐオリビアに俺は畳み掛ける。


「敵も俺が異界の者だと分かれば警戒してしまうのは自明の理。そこでだよ、オリビア。俺はこうして、なるべく現地人と区別をつかなくして敵を油断させようとしてるのさ」


「す、少しはやるじゃない」


間違いない。

こいつはバカだ。

俺の咄嗟の言い訳にこうも素直に納得してしまうなんて。


よしよし、このままの調子で言いくるめてと⋯⋯。


「と言うとでも思ったの、このマサクズっ! あーもう、あったまにきたわ。一刻も早く世界の救済に向かいなさいよっ!」


「⋯⋯」


まあ、分かってはいたけどさ。


いくらオリビアがおバカでも、さすがにこんな言い訳じゃ無理ですよねー。


てかそもそも、普通に考えて、なんの取り柄もない俺に、世界の救済なんて無理じゃね?


「いいかしら。もうこれ以上、何の行動もしないなら、前世であなたが亡くなった現場の写真をこの世界にばら撒いてやるからね。もうやまない写真の雨を降らせてやるわ」


「やめろぉぉぉぉ! そんな世界規模のリベンジポルノされたら、俺のスローライフが終わっちまう」


何だこいつ。

実は、ただただ俺を笑い者にしたいだけなんじゃないのか。


「いやなら、今すぐ行動しなさい」


腕を組んで真っ直ぐにこちらを見やるオリビア。


しょうがないな。

女神様が直々に天界から降りてきて、説教をされたのだ。


これで俺の楽しい楽しいスローライフは幕を閉じることになるのだろう。


悲しさ10割、嬉しさ0割。


でも、二年間も粘れたと考えたら、上出来だと言えなくもない。


逆によくそこまで我慢できたなこの女神。


「分かったよ。これからはちゃんと世界の救済に向かう」


「本当でしょうね? 女神に誓って?」


「ああ、もちろんだ」


オリビアは、満足そうな表情でうんうんと頷きを繰り返す。


そして俺に背を向け、少し距離をおいてから踵を返す。


振り乱された金髪が太陽の光を反射して、眩く光る。


俺は思わず見惚れてしまった。


間髪入れず、オリビアは手を上に掲げて呪文を唱える。


「それじゃあ、あたしは天界に帰るから後はよろしくね」


そう言い残して、オリビアは姿を消す⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯と思っていた。


だが、目の前には先刻と変わらず、手を掲げたままのオリビアがたたずんでいた。


「あれ、あれ、あれ! ど、ど、ど、どどうして! 何で帰れなくなっちゃったの!」


慌てふためくオリビアは、その後も何度も呪文を繰り返すが現状は一向に進展しない。


「そもそも、女神の力がほとんど残ってないじゃない⋯⋯」


何から顎に手を当ててぶつぶつと呟いているオリビア。


一体、女神の身に何が起こっていると言うのだろうか。


「何か思い当たる節はないのか?」


「何もないわよ。今日は朝シャンして、天界から何もしてないヒキニートのマサクズ眺めて、地上に舞い降りただけよ」


お前の生活も人のこと言えないだろうがっ!


「じゃあ何だ。いつもと違うことと言えば、地上に降りて来たことくらいか?」


「そうね。そのくらいかしら⋯⋯」


「だとしたら、それが原因じゃないのか?」


「えっ?」


キョトンとするオリビア。


「えっ?」


いやいや、当然だろう。


「そうよ、そうよ、それよ! そういや、地上に降りる時はかなりの力を使うから気をつけなさいって掲示板に書いてあったわ!」


「バカなのかっ! てか、掲示板ってなんだよ! あんたどこに住んでんだよ!」


俺は目を剥いて叫ぶ。


「でも、そうね。それしか考えられないわ。

てことは私、力が回復するまでここにいなきゃいけないってことなのかしら⋯⋯」


「回復するには、どれくらい時間がかかるんだ?」


「感覚的には、1ヶ月⋯⋯くらいかしら」


「結構長いなっ! 数時間くらいかと思ってたわ」


そんな会話をしていると、徐々にオリビアの様子がしおらしくなってきた。


モジモジとして、こちらに何かを求めるような視線。


まあ、大体言いたいことは分かる。


すると、オリビアはこちらの様子を伺いながら言葉を口にする。


「あ、あのね。当分の間、天界へは帰れそうにないから、それまで私をマサツグさんの家に泊めてほしいなーなんて⋯⋯」


「えー、どうしよっかなー。俺、なんか女神様にえらく笑い物にされた気がするけどなー」


「マサツグさーぁん、お願いしますー!」


「近い、近い、顔が近い」


急に近寄ってきたオリビアの顔、俺は迷惑そうに押し退ける。


「はぁ、もうしょうがねーな。ちゃんと俺の家では言うこと聞けよ!」


こうして俺の、バカな女神様との生活が始まったのだった。

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