第2話 声明

 昼過ぎの隊員食堂はごった返していた。化粧合板が張られた簡素なテーブルに戦闘服の袖をまくり上げた野郎共が取り付いている。

 駿たち以外はほとんどが41普連の隊員だった。通称新兵部隊などと言われているくらいだから年は彼らとさほど違わない。

 その年頃の男にすれば当たり前のことだったが、食事をかき込みながらも駿以外の三人にちらちらと視線を送って来ている。駿にも視線は集まってはいたが、込められている感情が好意か敵意かという大きな差異があった。

「昨日は途中で帰っちゃいましたけど、フリンチングは良くなりましたか?」

 食事を受け取るために並んでいる列に付くと由宇が振り返って言った。

「前よりは良くなったよ。少なくとも気を付けていれば大分かたまるようになって来た」

「一発事に念仏を唱えるくらい気にすれば、ってレベルだよ」

「そうそう。実戦には程遠いって感じですよ」

 紫苑と瑠璃は今日も厳しかった。

「それでも近づいては来てるさ」

「フリンチングはなかなか直らないって言いますから、焦らずゆっくりやればいいですよ」

「ありがとう」

「そんなアナクロに優しくすることないのに」

「そうそう。図に乗るとまた男だけとか言い出しますよ」

「思ってないとは言わないけど、もう言わないよ。そう言う約束だからな。それに……」

 由宇の強い思いに触れ、駿の気持ちも変わり始めていた。その事を言い出そうかと思った途端、食堂隅の天井近くに置かれたテレビが気になるニュースを流し始めた。

「次に、三日前に発生した武装工作員の潜入事案関連ニュースをお伝えします」

 画面の中では真面目そうなアナウンサーが淡々とニュースを読み上げていた。

「連合テレビは、昨夜の放送で投降した熊襲琉球連合共和国兵士を日本国国防軍が虐殺したと報じ、その報復として連合共和国内でスパイ行為を行っていた王良一を公開処刑すると発表しました。これに対し、国防省は潜入者が投降した事実はなく、彼らが抵抗したため射殺した。また潜入者のほとんどが正規兵ではなく、ジュネーブ条約によって保護されない不正規兵だったと発表しています。続いて……」

「ちゃんと投降の機会も与えたのに、完璧に言い掛かりですよね」

 瑠璃に呼びかけられた由宇は依然としてテレビの画面を凝視していた。もともと大きな目を更に見開き、口だけを動かすアナウンサーの顔を見つめている。

「どうかしましたか?」

 そう呼びかける瑠璃の声にも視線さえ動かさなかった。

「ユウ、もしかして」

 駿が最後まで言い終えるより先に由宇は走りだしていた。

 混雑する食堂の中を羊の群れを駆け抜ける牧羊犬のように走り抜ける。

「ユウ!」

 駿は居並ぶ戦闘服姿の隊員をかき分けて由宇を追いかけた。もともとランニングをしても由宇を振り切ることは難しいくらいだ。雑踏の中を走り抜ける速度は由宇の方が速いだろう。

 駿がなんとか見失うことなく食堂を出ると、由宇は中隊のプレハブに向かって走っていた。

 中隊隊舎に着くと、由宇が開けたドアが閉まる前に体を滑り込ませる。廊下に入って右を見ると、由宇は中隊長室のドアを開たところだった。

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