第4章 報復処刑
第1話 射撃訓練
空は夕焼けの茜色に染まっていただろうが、窓があるはずもない屋内射場から空の色を見ることはできなかった。
駿は構えていたワルサーP22を上に向ける、マガジンを抜いた。排薬口からチャンバーを覗き弾薬が入っていないことを確認し、銃を下げてテーブルに置く。
「そんなに悪くないですね」
由宇は観的モニターを射座の後ろから確認すると、マガジンの背をテーブルに軽く叩き付けながら言った。観的モニターには黒い標的上に赤い弾痕が表示されていた。
弾痕は下側に偏っていたがそれでも全弾が標的内に着弾している。
「ユウが言ったとおり撃ちやすいよ、この銃」
由宇は頷くとニッコリと笑って言った。
「今度は20式で撃ってみてください」
優しいのかと思いきや、なかなかに厳しい。
駿は頷くとテーブル上に置いてあった20式小銃を手に取る。由宇が差し出したマガジンを差し込んでスライドを引いた。
由宇が的のコントローラーを操作すると、表示されていた的が小さな物に変わる。
小銃を構え、銃床に頬を付けるとセレクターレバーをセミオートにした。
ドットサイトを標的に合わせ、息を止めて静かにトリガーを引く。
駿が装填した十発を続けて撃つとスライドが後退位置で停止した。駿は再びセレクターレバーを操作すると銃を下ろした。深呼吸してモニターを覗いた。
直後に駿の顔には落胆の色が浮かぶ。発射した内の半数は弾痕不明。残りも見事に散っていた。
「下に行ってますね」
そう言うと由宇はなにやら考え込んだ表情になる。
「ちょっとP22で撃ってて下さい」
そう言うと由宇は自分の射座に戻っていった。
駿は仕方なく再び拳銃を手に取り撃ってみた。拳銃と小銃が別物とは言え、こうも結果が異なると何か腑に落ちないモノがあった。
「拳銃の方が合ってるのかな」
そんな独り言をつぶやいていると由宇が戻ってきた。
「これで撃ってみてください」
そう言いながら手渡してきたのは由宇のチーフスだった。ステンレスの輝きのおかげで駿のワルサーやSPF9とは質感がずいぶんと違う。
駿は銃を構えて撃鉄を起こした。慎重に狙いを付けてトリガーを引く。
パンという乾いた銃声が響いた。チーフス・スペシャルは駿のワルサーと変わらない小ぶりなリボルバーだったが、その反動は思いの外大きかった。
装弾数は五発。再び撃鉄を起こして標的を狙う。
続けざまに三発を撃つものの、自分でも当たっていないことはよく分かった。なぜだかワルサーの時と異なって集弾しない。
そして四発目のトリガーを引くと、カチンという撃鉄が雷管を叩く小さな音だけが響いた。駿は不発なのかという疑問と同時に心の中で「あれ?」とつぶやいた。
「そのまま撃って下さい」
由宇に言われるまま撃鉄を起こし慎重にもう一発を撃つ。だがまたしてもカチンという音が響き、駿の心は「あれ?」とつぶやく。
「分かりましたか?」
後ろから声をかけられ、駿は銃をテーブルに置くと由宇に向き直って言った。
「何か不発の時も銃がぶれたような……」
由宇は頷くとチーフスを手に取り、弾倉を振り出すと空薬莢を取り出した。由宇の手の平には5発の撃ち空薬莢が転がり出た。
「最後の二発は不発じゃなくて元から空薬莢を込めたんです。それでも銃がぶれたって事はシュンが射撃を苦手とする原因がフリンチングと言われる現象だからです」
「フリンチング?」
「はい。射撃時の反動を予想して体が銃を押さえ込もうとしてるんです。シュンの場合、ボクシングでパンチを躱したりする反応の良さが逆効果になってるのかもしれません」
「そうなのか」
説明を受けると何となく納得できる話のように思えた。無意識に体が反応していたのだろう。
「もしかするとピルミリン使用時は尚のこと悪い方向に作用してるかもしれません」
「まいったな」
駿は頭をかきながら言った。
「何かいい練習方法はないのかな」
「基本的には空撃ちをして反応が出ないように訓練するしかないって言われてるみたいです。でも」
そう言うと、由宇はチーフスの弾倉を左手で回してからはめ込んで見せた。
「一部だけ装填してからこうして射撃すれば、いつ撃発するか分からないのでいい訓練になります」
「なるほど」
「しばらく貸します。自由に使って下さい。弾は反動の強い357マグナム弾が使えますから、それで訓練しておけば小銃の時でも大丈夫だと思います」
「分かった。遠慮なく借りるよ」
そう言うと駿はチーフスを受け取った。
「はい、がんばって下さい。私は今日の内に終わらせてしまいたい書類があるので先に上がります」
「ありがとう。助かったよ」
由宇は「では」と言うとペコリと頭を下げて射場を出て行った。
「何いい雰囲気になってんですか」
由宇が居なくなると隣で黙々と小銃を撃っていた瑠璃が嫌みな流し目を送ってくる。
「教わってただけだろ」
「女が戦場に行くことがおかしいとか言ってたくせに」
「それとは関係ないじゃないか」
瑠璃は「フン」と言ってそっぽを向いた。
「3士。何か飲むもの買って来て」
代って難癖を付けてきたのは紫苑だった。
「あ、私も」
「何で俺がおまえらの使いっ走りをしなきゃいけないんだよ」
「下級者が上級者の言うことを聞くのはあたりまえだろ?」
紫苑の言いぶりは、その言葉以上にいちいち癇に障るモノだった。
「くっそ。買ってくりゃいいんだろ」
乱暴にベレーを引っ掴むと無言で手を出した。手の上に紫苑と瑠璃が微かな金属音を響かせて硬貨を置いた。
「お前ら覚えてろ。戦場じゃ弾は前から飛んでくるとは限らないんだからな」
「言ってくれるじゃないの」
瑠璃が大した迫力でもないドスを効かせた声を上げた。一方の紫苑はとぼけ顔だった。
「何を言ってるんだか。あんたの前にあたしらがいる訳ないだろ。何せあんたは天性のポイントマンなんだから」
「ヒメ、こんなアナクロ褒めることないよ」
瑠璃にも思った以上に反感を持たれているようだ。
「褒めてなんかいないよ。シュンはポイントマンになるべくして生まれて来たような人間さ」
何か裏があるのでは、とは思うもののやはり少しにやけてしまうのは避けられなかった。
「褒めてるじゃないですか」
「違うって。そうじゃないよ。こいつの腕でマークスマンやスナイパーなんて出来る訳ないだろ。ポイントマンしか出来ないのよ」
案の定ひっくり返される。
「ぐっ、ゲロ吐いてた奴に言われたかないよ」
それを聞くととぼけ顔だった紫苑も顔を歪める。次に彼女の口から出てきた言葉はウィットの効いたモノではなかった。
「言ってくれるじゃないの。アナクロ3等兵のくせに」
駿と紫苑が睨み合うと、かえって冷静になった瑠璃が駿の肩を叩いた。
「ほら、早く買ってきて」
駿は銀貨を握りしめると、夕闇が支配し始めた戸外に出た。
「くそっ。何だってんだ」
理由は駿が彼女らを排斥しようとしたからなのだが、駿はそのことを棚に上げて毒づいた。
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