第6話 検討
「あ、シュン」
事務室に入ってくるなり瑠璃は大きな声を上げた。事務仕事をしていた駿は、視線をパソコンのモニターから瑠璃に移した。上に上げる必要がなかったのは瑠璃だからなのは言うまでもない。
「なに?」
瑠璃の目が妙に輝いていることが気になった。それは、あまり良からぬことを考えている目だった。
「さっき中隊長とユウが並んで歩いてましたよ」
「それがどうしたってんだよ」
「楽しそうに話してました」
「上司と部下なんだから話くらいするだろ。大体何で俺に言うんだよ?」
駿が視線をモニターに戻して言うと、瑠璃は「気になりません?」と追撃を撃ってくる。
駿はちょっと不機嫌そうな振りをしながら「別に」と躱した。
本当は少しばかり気になった。由宇をこの世界に引き込んだのは水島だと言う事だったし、既に一年程も一緒にいるのだ。
駿が興味なさそうにしていると、瑠璃は身を乗り出して耳元でつぶやいた。
「デートしたのに?」
「ほう」
それまで日誌を書いていた紫苑が手を止めて興味深そうに声を上げた。
「デートじゃないよ」
そう言ったものの、二人ともニコニコしながら駿を見ていた。
「拳銃を選ぶのに付き合ってもらっただけだ。ユウの方が詳しいからな」
「説明的だねえ」
「でも、その後ユウに付き合って人形の店にも行ったとか」
「勇気あるじゃない」
紫苑はわざと大袈裟に声を上げた。
「知らなかったんだよ」
ブスッとして言うと、紫苑はカラカラと笑う。
「あはは」
「で、その後喫茶店にも行ったんだって?」
「これだけ暑けりゃ喉だって渇くだろ」
外は完璧な真夏日だった。
何とか言い繕う事を考えたが、二人とも駿をからかって遊んでいるだけだ。何を言っても無駄だろうと思い、無視を決め込むことにした。再びキーボードの上で指を走らせる。
それを見て瑠璃はおもしろく無さそうに言った。
「でも、二人が話してた内容は興味あると思うな」
瑠璃は腰に両の拳を当て、ない胸を張って見せた。駿は上目遣いに猜疑の目を向けたが、瑠璃は相変わらず反り返っている。聞けというサインだった。
「で、何を話してたんだよ」
やっと満足げな顔になった瑠璃の言葉は駿と紫苑を驚かせた。
「実戦投入だそうです」
流石に背筋を伸ばして詳細を聞く。
「いつ?」
「さあ、ただ何かあれば投入するって」
「何かって何?」
「そこまでは。わたしだって二人の話を小耳に挟んだだけなんだから……」
「ただ、国内任務みたいだよ」
「それじゃあ、テロとか侵入事案とかがあればって事かな」
「そうかもね。よくある話だし」
停戦中とは言っても、どちらも日常茶飯事の出来事だった。つい先日も足摺岬の西海岸でゴムボートが発見されて大規模な山狩りが実施されたばかりだった。しかも結局敵を捕捉できずに終わっている。
「しかし、本当なのか? こんな事言いたくないが、正直言って俺たちまだ実戦に耐えられるレベルじゃないだろ」
「そうだよねえ。実機だってハンガーの中で歩いてみただけだものね」
紫苑は器用にペンをくるくる回しながら、駿の言葉に同意した。
「冗談だとしたら性質が悪い過ぎだよ。そんなこと言わないよ」
瑠璃は頬を膨ませて言った。
「だよな」
駿は左手を顎に当てて視線を落とした。
「まあ、急ぐ理由は分からないでもないか」
神酒から聞いた話では、二十一を過ぎたらピルミリンは使わない方が良いとのことだった。駿たちは実用になる期間が三年もない高価な兵士だということだ。
「多少の無理は承知なのかも知れないねえ」
紫苑は口の一方だけを上げ、皮肉な運命を笑うかのような顔をしていた。
「引っ込む道理が多少ならいいけどな」
駿は肩をすくめると、天井を見た。
復讐を願って軍に入った以上、実戦投入は望むところだ。だが由宇を除いた三人は、まだ素人に毛が生えた程度の練度だった。
不意に不安が頭をかすめるが、頭を振ってその不安を振り払う。
「一兵士が考えても仕方ないな」
駿はそうつぶやくと再びパソコンに向かった。
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