第5話 デート
駿が「外出してきます」と告げると、鹿山は読んでいた無線雑誌から目を上げる事なく「はいよ」とだけ答えた。
駿は鹿山が同室だと聞いた時、彼がずいぶんと真剣にこの5中隊に誘っていた事を思い出して彼の趣味を懸念した。
だがそれは杞憂だったようだ。今になって見れば駿にもそれは理解できた。駿が5中隊に入らなければ、中隊内の男は中隊長と鹿山だけだったのだ。
女性がほとんどの組織は、少数の男にとって居心地が悪い。鹿山にしてみれば、駿は数少ない仲間だった。
「やっと下ネタが言える環境になった」とは鹿山の弁だった。
それに鹿山は、WACについての注意も言っていた。
「気を付けろってどういうことですか?」
「気軽に手を出すなってことさ。やつらの噂話ネットワークは凄い。下手に手を出して揉めでもしてみろ。総すかんを食うぞ」
「なるほど、駐屯地内じゃ明るい場所は歩けないってことですか」
「ばか。全国どこへ行ってもだ」
「だから手を出すなら覚悟しろってことさ」
駿は鹿山に外出を告げた時、そんな話を聞いていた事を思い出していた。窓の外にゲートに向かって歩く由宇の姿を認めたからだ。
「別に手を出すって訳じゃないさ」
駿は銀色の鎖で縛着された身分証をポケットにねじ込むと、階段を駆け降りた。
「やあ」
駿はゲートを出るとすぐ由宇に追いついた。大きく肩で息をしながら横にならんだ彼女を見る。Tシャツの色とジーンズがデニムのスカートに変わった以外は初めて会った時と同じ格好だった。
「あ、こんにちわ」
「一人で?」
「ええ、二人とも駐屯地内で過ごすそうです。ヒメは朝から射場に行きましたし、ミニーも図書室だそうです」
5中隊は待機態勢を採ってはいないため、週末は休日だった。
「そっか。二人とも趣味が仕事と被ってるみたいだからな。ユウはどこに?」
「新宿に買い物です。シュンも?」
「ああ。この間みたいな事がまたあるかもしれないし、コンパクトな銃を買おうかと思ってね」
警察や軍と言った治安関係者だけでなく民間防衛に携わっている者にも銃の所持が認められている。そのため銃の需要は多い。大きな町にはガンショップがある
「ネットは調べたけど、どこか良い店知ってない?」
「新宿なら相田銃砲店がイイですよ。品揃えが多いので選ぶのが楽しいです。買う銃は決めてないんですか?」
銃を選ぶことを楽しいというのだから、由宇もちょっと変っている。駿は楽しいという気はしなかった。
「拳銃なんて今まで官品のSPF9しか撃ったことないからな。良く分からないよ。見てから決めようと思ってる」
由宇は少し考え込むような顔を見せると上目がちに言った。
「私もついて行っていいですか?」
ちょっと驚いたが断る理由もない。それに嬉しい提案でもあった。
「もちろん。いやむしろ助かるよ。ユウの方が射撃経験は豊富だろ」
「そうかもしれませんね」
彼女はそう言うと屈託無い笑顔を見せた。
由宇お勧めのガンショップに着くと、小型の拳銃を何丁か出してもらった。握った感覚やバランスを確かめる。
ワルサーP22とシグP230のどちらにするか迷った。どちらも、口径の小さなコンパクトな銃だ。最後は由宇の一言で決めた。
「練習用にも使うならP22の方がイイと思いますよ」
射撃が苦手だと言うことを知っているからだろう。教育隊での射撃成績も、上司である彼女は見ているはずだった。
「じゃあ、これにするか」
P22をショルダーホルスターとセットで買うと、そのままTシャツの上に着けて店を出た。店員はパワーが足りないのでは、などと言っていたが、任務の時にはSPF9が使える。町でトラブルに巻き込まれた時専用と考えれば二十二口径でも問題なかった。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ。最初の銃はとにかく使ってみて考えればいいですから。合わないと思ったら買い替えてくださいね。下取ってもらえば、お金もそんなにかかりませんし」
「そうだな」
雑居ビルの一室にあった銃砲店を出るとエレベーターに乗った。
「さて、これで俺の用事は終わりだ。ユウは何処に行くつもりだったんだ?」
「一緒に来てくれますか?」と言った由宇の顔は、由宇にはめずらしいちょっと悪戯っぽい笑顔だった。
「下着……とかじゃないよな?」
「違いますよ。大丈夫です、多分」
多分というのが気になるが、こちらの用事に付き合ってもらったのだ。嫌とは言えなかった。
由宇について行った先は、下着屋でこそ無かったものの踏み込むには勇気のいる場所だった。由宇が先に立って歩いてくれなければ間違いなく引き返しただろう。
そこは人形の専門店だった。結構なサイズで精巧な作りの人形がずらりと並んでいる。カスタマイズ用のパーツや服も売られていた。駿にとってはさながら異世界だった。
当然のように男性客は駿しかおらず、周りから見たらさぞ異質な存在だったろう。とは言え、ガンショップに居る由宇と似たようなモノと言えなくもない。
居心地の悪さは如何ともしがたいものの、訓練中とは別種の光に瞳を輝かせている由宇を見ると、なんだか嬉しくなって来た。
まだ由宇との付き合いは浅かったが、彼女が自分を飾り立てたりすることにそれほど興味を持っていない事は分かっていた。だから彼女の少女らしい趣味は少し意外だった。
「意外でした?」
彼女の投げかけてきた質問はこちらの考えが透けて見えたかのようだった。
嘘をつき切れる自信は無かったので「ちょっとね」と答えると、彼女は少し寂しそうに答えた。
「そうですよね」
「でも、嬉しい気もするよ」
「嬉しい?」
彼女の顔には驚きの混じった疑問が浮かんでいる。
「ああ、言ったろ。俺は女の子があんな仕事をする事がイイとは思ってないんだ。こういう趣味を持ってくれるくらいの方が良いと思うんだ」
「女の子らしいって事ですか」
他のの二人もそうだったが、彼女も駿の言葉を歓迎していない事は間違いない。返された言葉には少し険があった。だから、少しあいまいに「そうかな」と応じた。
「普通に考えればそうですよね。私、自分が特殊だとは思ってませんけど、やっぱり普通じゃないですもんね」
否定をすることは難しかった。言葉にしたところで上辺だけじゃないと思わせられる自信もない。
それきり彼女は黙ってしまったため、駿も由宇の後ろを黙って歩いた。
「ゴメン。もう押し付けようとは思ってないよ」
「はい」
並んでいる人形はどれも可愛らしかったが、動くことのない瞳はなぜか悲しい色を浮かべているようにも思えた。
不意に、あの時由宇が言った言葉を聞いてみようと思った。
「なあ。この間の格闘の時、負けられない事情があるって言ってただろ」
由宇はゆっくりと振り返った。
「あれ、どういうことなんだ?」
由宇は和服を着た人形に視線を落とすと、その瞳を見つめたまま静かに話し始めた。
「私、家族が沖縄戦で死んだって言いましたよね」
「ああ」
「でも正確に言うと家族じゃないんです。私、児童養護施設で育ったんです」
「児童養護施設?」
「昔で言う孤児院です。肉親はいたらしいんですが育児放棄されたらしくて……」
駿は言葉をかけられなかった。何を言っても安っぽくしか言えない気がした。
「だから私にとっては施設が家で、仲間が家族だったんです。血がつながっていないことは知っていましたが、本当に家族だったんです」
「でも……みんな死にました」
駿は、言葉を返せなかった。
「施設が嘉手納に近くて、ミサイルが落ちたんです。私だけ出かけていて……」
「じゃあ、俺と同じように復讐を?」
由宇は人形から目を上げると駿を見た。
「確かに復讐は望みました。でもこの間言った事情っていうのは違います」
由宇が、その先を話すことを拒否しているようには見えない。駿は、沈黙のまま次の言葉を待つ。
「その後、私は工作員になりました。で、ある男女の工作員の方と家族を偽装して潜入してたんですが、その方々が良くしてくれて……。私にとってはやっぱり家族だったんです」
「でも一年ほど前に、工作員であることがばれてしまいました。お母さんは殺されました。そしてお父さんも私を逃がすために捕まってしまったんです」
「今でも生死は不明です。でも生きてるって信じてます。私はそのお父さんを助け出したいんです!」
由宇はあの時と同じ瞳で駿を見つめていた。
駿は姉の茜がミサイル攻撃に巻き込まれ、連絡が取れなかった時の事を思い出した。あの時は不安と焦燥と、そして無力感で押しつぶされそうだった。沖縄を支配した琉球共和国政府から、死亡の通知と茜の学生証が送られてきた時には絶望と共に安堵さえした。
あの時の焦燥を思い出せば、由宇の気持ちは少しだけ理解できるような気がした。あの時も、もし自分にできることがあれば何だってしただろう。ほんの一欠片ほどの希望でも、可能性があればそれにすがっただろう。
「そう言う事情があったんだな。確かに、それならどんなに少ない可能性でも賭けてみたくなるよな」
「はい」
由宇の瞳には、悲しい色はなかった。
「分かった。もうユウに戦うな、なんて言わないよ。いや、むしろ協力する。俺にできることがあれば」
由宇はこくんと頷いた。
「ありがとうございます」
「それに、そんなに少ない可能性ではないんです」
「どう言うこと?」
「お父さん、王良一3佐は元々航空自衛隊のプログラム幹部でした。名前から分かるとおり中国系だったので、それを利用して連合共和国に寝返ったふりをして潜入しました。そしてあちらの防空システムの設計と構築に携わっていたんです」
駿は急に大きくなってゆく話にびっくりしていた。
「もちろんその情報を流すことはしていましたが、それだけでなくプログラムの中にトラップを仕込む事もしていたんです」
由宇の話す事情は、九州・沖縄の帰趨にも関わる事らしい。
「だから、たとえお父さんが自白をさせられたとしても、連合が全てを把握できたと確信できない限り処刑はしないはずです」
そう言う由宇の瞳は、確信に満ちた輝きを持っていた。
「そしてもしトラップの一部でも生きていれば、奪還作戦の開戦直後に始まるはずの航空戦において敵の防空網を麻痺させて圧倒的に有利に作戦を進められる可能性があります。だからお父さんの生存が確認できれば、軍は必ず救出作戦を行うはずなんです」
駿は身震いするような興奮を感じていた。
自分が何か大きな作戦に関われたら、そしてその成功に貢献できたら、姉の復讐が果たせそうな気がしていた。だが今までそれは何の具体性もない妄想でしかなかった。
だが、由宇の話は連合共和国とその背後にいる中国に対する具体的な作戦構想そのものだった。
駿は急に不安になって言った。
「あのさ、その話こんな所で俺にしてもいい話なのか?」
「あ!」
由宇もすっかり興奮して周りの状況は忘れていたのだろう。二人で周囲を見回すが幸い人形以外に二人の話を聞いていた者はいなそうだった。
「やっぱりまずいですね。秘密にしておいてください」
由宇の笑顔は秘密を共有する者だけに見せるちょっとだけ悪戯っぽいものだった。
「ああ」
駿も同じ種類の笑顔を浮かべて肯いた。
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