第2話 新所沢
時間に余裕はあったはずだった。しかし、警察に着いても聴取まで一時間近くも待たされた結果、新所沢到着は完全に遅刻してしまった。
新所沢駅の階段を駆け下りると東口のロータリーに飛び出す。指定の時刻をたっぷり三十分は過ぎている。
ロータリーを見回すと高機動車が一台止まっていた。他には軍関係とおぼしき車両は見えなかった。その高機動車のドアには、腕組みをした女性が立ったまま体重を預けている。
彼女は、アイボリー色の半そで制服に濃緑色のベレー帽を被っていた。規則上はまとめなければならないはずの長い髪が鎖骨付近までそのまま流されている。年は20台の後半くらいだろうか。目じりの下がった切れ長の目に長い睫毛が妖艶な雰囲気を醸している。ただし、艶は二割で残り八割は妖だった。
駿の階級は最下級なので相手の階級を確認しなくても相手が上なことは決っている。それでも初見の者の階級を確認することは何より先に行うべきことだった。肩章を見ると一本バーに一見星に見える桜の花が三つ、1尉だった。
「あの人だろうな」
独り言を言って早足で近づくと、とりあえず名乗ることにした。配属部隊も迎えに来る人も教えられていないため、こちらからは確認のしようがない。
「七尾2士です」
「三十六分の遅刻ね」
やはり迎えはこの人のようだった。名札には神酒(みき)とある。
腕組みを解かずに発せられた糾弾に恐縮しながら一応理由を言った。
「すみません。事件に巻き込まれて警察で聴取を受けてました」
「なにか問題でも起したの?」
「いえ。銃撃事件を目撃してしまっただけです」
ちょっと違う気もするが、実際見ただけで終わっている。追求されるのでなければ、簡略化して良いだろう。
彼女は、ちょっときつかった表情を緩めると手のひらを上にして後ろの車を指した。そして少しけだるそうな調子で言った。
「そう。ならいいわ。乗ってちょうだい」
普通、幹部が車を運転することはない。しかし運転席には誰も乗っていなかった。
駿は免許はとっていないので、それを口にすべきか考えた。だが神酒は真っ直ぐに運転席に向かった。駿は助手席のドアを開けると車高の高い高機動車に飛び上がるように乗り込んだ。
「私は神酒。特殊作戦群第5中隊所属よ」
駿は早速疑問を抱くことになった。
特殊作戦群はその名の通り特殊作戦を実施する特殊部隊だ。だから経験を積んだ隊員が選抜されて編成されている。普通なら駿に用事はないはずだった。
「新兵が特殊作戦群に配属されることはないって聞いてましたが……」
車は駐屯地の正門を抜けて真っ直ぐに進んだ。回りはプレハブの建物ばかりだった。
「良く知ってるわね。確かに普通はそう」
彼女はそう言うと一瞬間を開けた。
「でも、あなたは選抜される可能性があるわ」
彼女は可能性と言った。まだ配属が決った訳ではないらしい。当然、選抜されない可能性もあるのだろう。
駿は彼にだけ配属先が告げられなかった理由を少しだけ理解した。決まるのはこれからということなのだ。
「何か試験を受けるんでしょうか?」
「そう。荷物を置いた後でね」
神酒が車を止めた先は、これまたプレハブ作りの外来宿舎だった。
「時間が押しているから直ぐに移動するわ。小銃も置いてきてちょうだい」
「どこに行くんでしょうか?」
車を降りながら問いかけると、回答は駿の不安を増加させるものだった。
「防衛医大病院よ」
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