第38話
喋り疲れてふうと一息入れたところで、雨沢が震え声で疑問を呈する。
「け、決定的な証拠……? そんなものがあるなら、もったいぶらずに見せてほしいね。ここまでは、全部キミの妄想を聞かされただけだから」
顔中に脂汗を浮かべながらよく言う。
自信があるのかないのか……全く往生際の悪い。
「さっきも言ったが、お前の証拠隠滅はなかなか見事だった。ミスの多さの割にはな」
「――やっぱり、証拠なんてないんじゃないか! ハッタリでもかまそうってのかい!?」
ああ、そうだ。なかった。
「だから、最終的には作ることにしたんだ」
「えっ……?」
俺は、自分の携帯の画面を雨沢に向けた。
そして、画面下部の再生ボタンを押し、とある動画を雨沢に見せる。
「ここには、お前がタブレットを手に取ってから二宮を襲うまでの一部始終が記録されている。気付いていたか? 俺は、携帯のカメラでずっとお前を撮影していたんだ」
動画は、監視カメラのように頭上から見下ろすような画角で、さきほど食堂で繰り広げられていた光景を鮮明に記録していた。
シークバーが進むにつれて、雨沢の顔がみるみる青ざめてゆく。
「どうだ、雨沢。これは揺るがしようもない決定的な証拠だろう? しらばっくれたって無駄だ。お前の脅し文句だってちゃんと録音できている。小さいがな」
「こ、こんな映像……どこから撮って……!?」
「床に俺の異能
葛山先輩とオーナーのためにも、もう少し詳しい説明が必要だろう。
なぜ俺が異能を使えたのか、というところから。
俺は、勝手に穴を開けたことに対する謝罪をオーナーに述べ、説明を始める。
「さっき見せた北条先輩の生徒手帳。そこには、ダイイングメッセージの暗号を解くヒントが残されていた。そう――『ヘビ』という言葉が」
思えば、犠牲者の皆に導かれて今がある。
南先輩からは電子首輪を、柊先生からはダイイングメッセージを、檜垣先輩からは犯人の狙いを、北条先輩からは暗号を解くヒントを……皆から、それぞれ託してもらったものがあったからこそ、こうして雨沢を追い詰めることができたのだ。
本当に、皆には感謝してもしきれない。
『祟り神の抜け殻はどこへ行く?』
「この中の『祟り神』という言葉――実は、これは『にょげんさま』ではなく『ミシャグジ様』を指していたんだ」
ミシャグジ様とは何なのかという場の空気に応えて、俺はすかさず補足する。
「祠へ手伝いに言った時、俺は柊先生と民俗学談義で盛り上がった。その時に話題になったのが『ミシャグジ様』だったんだ。ミシャグジ様は、諏訪大社に縁のある『祟り神』だ」
それにかけて、柊先生はこのメッセージを残した。
「ミシャグジ様の姿は多種多様に語られ、その中には蛇神としての一面もある。つまり、『祟り神の抜け殻はどこへ行く?』とは、『ヘビの抜け殻はどこへ行く?』と問うていたんだ。答えは『財布』。皆も、ヘビの抜け殻を財布に入れておくと金運が上がるという迷信は聞いたことがあるだろう?」
たぶん、北条先輩は『抜け殻が行く場所』と考えてその迷信を思い出したのだ。
考えれば考えるほど、これは俺に解いてもらうための暗号だったと分かる。自力で解くことができず、檜垣先輩と北条先輩の殺人を未然に防げなかったことは悔やんでも悔やみきれない。
「そして、暗号の答えである柊先生の財布には――こんなものが入っていた」
俺は、『二枚目の教職員証』を頭上へ掲げた。
「これが俺が異能を使えた理由だ。この教職員証を使って管理ソフトにログインしてみると、一つだけ異能のロックが外れている首輪が確認できた」
可能性は二つ――死人の首輪が解除されているか、俺たちの中に異能を使えないフリをしているすっとぼけ野郎がいるか。
「これを受けて、俺は犯人を特定する計画を立てた。タブレットを食堂に置くと表明し、二宮に暫く部屋にいるよう提案させたのがそれだ」
前者の可能性だった場合、犯人は外部犯だろう。タブレットを食堂に置いても、誰も取りに来ることなくただ空振りに終わるだけ。
だが、後者だった場合――犯人を誘き出せる。
これまでの推理から、雨沢の犯行が場当たり的なものであることが分かっていた。だから、タブレットを確保する方法についても難儀しているだろうと思ったのだ。案の定、雨沢は罠とも気付かず、こうしてまんまと餌に食い付いてきた。
触れているものを転移させる俺の異能〔
「全ては99%の推理に欠けた1%――決定的な証拠を得るため」
そして、俺の計画は成功裏に終わった。
「雨沢……この事件はお前にしか不可能だった上に、目撃者も、状況証拠も、決定的な証拠である動画も、これだけ揃っている。いい加減に観念したらどうだ?」
「くっ……!」
諭すように言ってみても雨沢は一向に観念する様子がない。どう考えても、ここから巻き返すことは不可能であるはずなのに、彼女は欠片も諦める気配がなかった。
往生際が悪すぎる。
何か、罪を認められないような事情でもあるのか。
雨沢は面白いくらいに目を泳がせ、今も必死で呻吟し続けている。
(……哀れだ)
どうしてか、俺にはその姿が哀れに思えてならなかった。
溢れんばかりの憐憫が、俺の腹の底でずっと燻り続けていた怒りの炎を鎮めてゆく。
そして、俺は言おうか言うまいか最後まで迷っていた言葉を口にした。
「なあ、もう終わりにしよう。雨沢――いや、しいちゃん」
すると、雨沢が驚いたようにバッと顔を上げた。
その反応からすると、俺の考えは正しかったようだ。
雨沢雫は、かつて俺と友人関係にあった転校生――「しいちゃん」その人だ。
「……いつから、気付いていたんだい?」
「最初からだ。『雫』という名前を聞いた時から、もしかしたらと思っていた」
しいちゃんの名字は『椎名』、そして名は『雫』だった。
すると、雨沢は憑き物が落ちたような顔をして、ふっと笑った。
「そうか……そうだったんだ。キミがあんなことを言うものだからさ、ボクはてっきり……忘れられているのかと……」
「あんなこと?」
「ボクを『人見知り』だと笑ったじゃないか。ボクのことを覚えているなら、絶対に出てこない言葉だ。昔のボクは、それはもう酷い人見知りだったんだから。今更、言うまでもない」
違う、違うのだ。
あれはそういう意味で言ったわけではない。
「気付いていたといっても俺に確証はなかった。名字も『椎名』から『雨沢』に変わっていたし、見た目だって、話し方だって……異能だって、本当に普通の異能者レベルのものしか見せてくれなかった。覚醒者として異能研究センター付属の学校へ転校したはずのお前が、聖灘高校にいる理由も分からなかったし……だから、あれは軽く探りを入れてみただけなんだ」
「探り……? は、ははっ……」
虚ろな笑みを浮かべた雨沢は、回り終わったコマが崩れ落ちるようにふらふらとその場にへたり込んだ。
「そっか……じゃあ、この場をどうにか切り抜けて、顔や名前を変えたとしても、『しいちゃん』としてキミとの再会をやり直すことは……もう、できないんだね……」
そして、雨沢は暫し顔を伏せてじっと押し黙っていたが、やがてポツポツと語り出した。
「認めるよ、犯人は……ボクだ。全て、ボクがやったんだ」
「……警察に突き出す前に、お前の口からその言葉を聞けて良かった」
俺は、オーナーに頼んで縄を取ってきてもらい、その縄で雨沢を縛り上げた。
「それで、結局……『動機』は何だったんだ?」
「動機……? ははっ、そんなものは決まっている」
雨沢は、その水墨画のように淡く澄んだ瞳で俺を見上げた。
「ボクが――キミを愛していたからさ」
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