第36話
全ての窓にカーテンがかけられ、やや薄暗くなった食堂に――『彼女』の姿があった。『彼女』は、足早にタブレットのもとへ歩み寄ると、そっとその細指を伸ばす。
その時、厨房に隠れていた二宮が飛び出した。
「――やっぱり、アナタが犯人だったのね!」
二宮に指弾された『彼女』は一瞬驚いて目を見張った後、周囲を見回して他に誰もいないことを確認するとふっと笑った。
「……まさか、一人?」
「そ、そうだけど!? お、おとなしくしなさい!」
「バカだなぁ。透の忠告を聞いていなかったのかな? 『目撃者は消される』――異能も使えないのに、覚醒者を正面から糾弾したって何の意味もない」
そう言いながら『彼女』は後ろ手に食堂の蛇口を捻った。
「人間の一人や二人……簡単に縊り殺せるんだから」
蛇口から流れ出た水が、シンクに溜まることなく宙に浮き上がってゆく。
あれは『彼女』の異能――〔
「キミを殺すつもりはなかったんだけどね……仕方ない。自分の愚かしさを恨むと良い」
「――っ!」
「悲鳴を上げてもいいよ。誰かが来たら、そいつも殺すだけだから」
そして、『彼女』が二宮に向かって空中に浮かべた水を差し向けた瞬間、俺は食堂へ転移し事態に介入した。
「そこまでだ――雨沢!」
雨沢の眼前に降り立った俺は、続けざまに更にもう二度〔
一度目、雨沢の首元へ『南先輩の首輪』を転移させ――。
二度目、驚きで固まる雨沢へ手を伸ばし、その手元のタブレットに触れつつ退く。
(――成功だッ!)
南先輩の首輪が雨沢の異能をロックし、宙空を漂っていた水はコントロールを失い落下する。そして、俺の手元には俺自身と共に転移させたタブレットが収まっている。
全て計画通りだ――この身を襲う激しい疲労も含めて。
「ぐっ……!」
連続行使の代償が全身にのしかかり、俺は思わず膝をつく。だが、今はゆっくりと休憩している場合ではない。俺は鉛のように重たい体に鞭打ち気合で立ち上がった。
「二宮、大丈夫だったか……?」
「うん」
「危ない役回りをさせて悪かったな」
「ううん! 透っちが絶対助けてくれるって信じてたから。それより……」
二宮は、自分よりも雨沢に注意を払うように促してきた。
(本当に『イイ女』だよ、お前は!)
雨沢の方へ向き直ると、彼女は怪訝そうな顔で頻りに首元をさすっていた。
「透……一体、これは何事だい?」
「おいおい、まさか惚けるつもりか?」
雨沢とて苦し紛れは承知の上なのだろう。その表情からは、溢れんばかりの焦燥と混乱の色が見て取れる。
(お前が犯人だとは最後まで信じたくなかった……)
そうでもなければ、こんなハメるような真似はしない。
ここで、騒ぎを聞きつけたオーナーが食堂へやってきた。彼に頼んで、二階の葛山先輩を呼んで来てもらう。暫くして、ビクビクした様子の葛山先輩がオーナーと一緒に階段を下りてきた。
「葛山先輩、もう危険はないので安心してください。犯人が判明しました」
「そ、それ……本当なのぉ……?」
力強く「はい」と頷いてみせると、オーナーがぶっきらぼうに言う。
「……犯人は、にょげんさまだろう」
「いいえ。これは紛れもなく人間の手によって行われた『異能事件』だったんです」
俺は、ハッキリと宣言する。
「個人的な事情で覚醒を隠していたことを利用し、南先輩、柊先生、檜垣先輩、北条先輩の四名を殺害した犯人、それは――雨沢雫! お前だッ!」
オーナーと葛山先輩は突然のことに目を白黒させていた。状況に付いて行けていないのだろう。だが、安心してほしい。最初から最後まで、この場で全て明らかにするつもりだ。
「実のところ……三日目の朝、教職員証が盗まれた時点で俺は雨沢を第一容疑者に据えていた。そして今、犯人の『動機』を除いて事件の謎はほぼ解けている」
覚悟しろ、雨沢。
俺がこの場で、お前の杜撰かつ場当たり的な犯行を全て暴き立ててやる。散っていった皆の無念を晴らすために、そしてこんな程度の低い犯行に振り回され、防げたはずの殺人を未然に防ぐことができなかった俺の懺悔の代わりとして。
「事件の始まりはこうだ」
額に汗を滲ませ始めた雨沢を真っ向から睨み付け、俺は事件の渦中で練り上げた推理を語り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます