第35話
昼食時、俺は席から立ち上がり、食事中の皆に向かってこう宣言した。
「聞いてくれ、俺はタブレットを食堂に置いておくことにした」
「えぇっ! どど、どういうことぉ……?」
真っ先に反応したのは葛山先輩だった。どうやら、俺の意図が全く飲み込めていない様子。雨沢は少し目を見張ったが、それだけだった。二宮にはあらかじめ話を通してあるので、ここは皆に合わせて驚くフリをしてもらっている。
「よくよく考えたら犯人は覚醒者で、しかも、その異能を自由に使えるわけだろう? 異能を使えない俺たちからタブレットを奪おうと思えば、いつでも強引に奪えるわけだ。そこで変に抵抗しても犠牲者が増えるだけだと思ってな。どうせなら最初から明け渡してやることにしたんだ」
「で、でもぉ……危なくないかなぁ……?」
「犯人を焦らせる方がよっぽど危険だ」
俺は、更に詳しく意図を説明した。
犯人が内部犯だった場合、犯人は首輪の付け替えを行うためにタブレットを必要としているはずだ。なぜなら、首輪の着脱に際しても管理ソフトからの操作を必要とするからである。外す時は強引に異能で破壊できても、檜垣先輩から奪った首輪を付ける時はそうもいかない。
付け替え自体にかかる手間はそれほどではない。だが、犯人は救助が来るまでの間に必ず付け替えを行わなくてはならないのである。
今はまだ猶予時間が存在するから良いが、切羽詰まれば何をするか分からない。再びにょげんさまを模した異能を差し向けて襲ってくるかもしれないし、パニックになって救助に来たヘリを叩き落とすなんてこともあるかもしれない。それは、誰にとっても望ましくない展開だ。
犯人が外部犯だった場合は、そもそもタブレットをどこに置こうが関係ない。
どうだろうかと改めて皆に訊ねてみたが、特に反論はないようだったので俺はストンと再び席に着いた。すると、雨沢が小声で話しかけてくる。
「本当に良いのかい?」
「ああ、もう決めたことだ」
「……そうかい。キミがそう言うなら、ボクからはもう何も言うことはないよ」
一度場が落ち着いたところで、予定通り二宮が「そうだ!」と声を上げる。
「じゃあさ。お昼を食べ終わったら、みんな暫く自分の部屋にいようよ。犯人が首輪を付け替えやすい環境をあえて作ってあげるの。……どうかな?」
「うーん……皆はどう思う?」
俺は悩むフリをして皆に問いかけた。だが、この提案が受け入れられることは分かっていた。なぜなら、これは犯人にとってこれ以上なく都合の良い提案だからだ。犯人は是非ともそうなるように誘導したいだろうから、同じくそう誘導したい俺、二宮と合わせて簡単に場の過半を取れる。
「ボクは、そんなことしてもしなくても一緒だと思うけど……葛山さんは?」
「えっ、と……わ、わたしはぁ……」
葛山先輩は少し悩んでから答えた。
「は、犯人がやりやすい環境をあえて作るってのは、賛成、かもぉ……だって、殺されたくないしぃ……もうこの際、媚びを売るしかないっていうかぁ……」
つまり、葛山先輩は賛成ということか。
雨沢は中立的な態度のようなので、話はこれで纏まったと見て良いだろう。
「それじゃあ……今から十六時まで、全員部屋にいるってことで。……良いか?」
三人がコクリと頷いたのを確認して、俺はオーナーにも協力を要請した。話を聞いたオーナーはあまり良い顔をしなかったが、それでも俺たちがそうしたいのならと承諾してくれた。
昼食を食べ終わった俺は、テーブルの上にタブレットを置いて席を立つ。
「相手は覚醒者だ。目撃者は消されるだろう。皆、絶対に自分の部屋を出ないように」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます