第29話
北条先輩が濡れた服を着替えてきたところで、オーナーが温め直した全員分の夕食を持ってきてくれた。しかし、腹は空いているはずなのに、なぜだか箸は一向に進まない。
「犯人探しはやめましょう」
食べながら、俺は皆にそう呼びかけた。
「忸怩たる思いですが、もはやこうなっては降伏が最良の道です。犯人にはもう殺人をする理由がないのですから、変に刺激するような行為は避けて後は警察にでも任せるとしましょう」
無論、これは俺たちの中に潜む内部犯へ向けた方便だ。
俺は欠片も犯人の特定を諦めちゃいない。
どうにかして、『彼女』が犯人だと確定させられないものか。
(……証拠がないんだ。何も)
手元にあるのは状況証拠ばかりで、『彼女』を追い詰められるような確たる証拠が何もない。
俺個人としても『彼女』が犯人であって欲しくないという気持ちがある。だからこそ、余計に必死になって血眼に証拠を探しているのだが、未だ何ら手がかりを得られていないのが現状だ。
(……やれることから、やってゆくしかないよな)
夕食後、葛山先輩が逃げるように二階へ上がっていったのに続いて、俺も「シャワーを浴びてくる」と言って二階へ上がった。
これもまた方便で、本当の目的はピッキングの可・不可を試行することだった。
二階の廊下に葛山先輩がいないこと、俺の後に誰も階段を上がってこないことを確認してから、俺はピッキングに取りかかる。
ピッキングのやり方は存外にとても簡単だ。
まず、一本目のヘアピンを鍵穴に挿し込み、回したい方向へ軽く
ガチャリ――。
たったこれだけの作業で、古いシリンダー錠であれば簡単にピッキングができてしまう。
昔、興味本位でやった時のことを思い出しながらやってみたが、やはりこの錠は簡単にピッキングできてしまうようだ。これなら適当に細い棒状のものを突っ込んでガチャガチャやってもそのうち開いてしまうかもしれない。
ピッキングは可能だった――。
そう結論付けた俺は二本のヘアピンをケースに戻して立ち上がった。
(さて、次はどうするか……といっても、頭を動かすしかないが)
俺はひとまず自室へ戻り、方便を本当にするために温かいシャワーを浴びつつ考える。
現状、解けていない大きな謎が二つある。
一つは犯人の動機。
もう一つは柊先生の残したダイイングメッセージの暗号。
考えて分かりそうなのは暗号の方だろう。
『祟り神の抜け殻はどこへ行く?』
これまでも、暇さえあればこの暗号の答えについて考えていた。だが、未だに答えが分からない。文末で「どこへ行く?」と問うているからには、暗号を解くと答えとして『場所』が導き出されるのだろう。当初、俺はそう考えた。
その結果として、俺たちの中に潜む犯人が示されるのではないか、と。
だが、オーナーに地図を借りてこの辺りの地名や山名を片っ端から調べてみても、それらしきものは一つも見当たらなかった。有名な地名や、地元の地名なども同様だった。
(……アプローチの仕方を変えてみるべきだ)
場所というところから攻めたが、これは行き詰まってしまっている。
俺は次に「抜け殻」という単語に目を付けた。
まず、先入観を排して思いつく限りの脱皮する生き物を列挙してみる。
(昆虫類、爬虫類、両生類、甲殻類……こんなところか?)
俺は生物博士ではないから他にもいるかもしれないが、そんなマイナーな知識を前提として暗号を作ったりはしないだろう。暗号は、必ず俺に解けるものであるはずだ。
そして、その抜け殻の行く場所というと……セミなら木や草だろうか、或いは柵や壁?
「あー……くそっ」
どれも、しっくりこない。
俺は頭をガシガシと掻いて思考を中断し、浴室を出た。
(やはり一人では限界があるな)
三人寄れば文殊の知恵とも言う。他人の意見を聞いてみたいが……さっき、俺は『後は警察にでも任せるとしましょう』なんてことを言ってしまっている。今更、『ダイイングメッセージの暗号について一緒に考えましょう!』とは言い出しにくい。
(それに――『彼女』にも怪しまれてしまうだろうしな)
俺は濡れた体をタオルで拭きながら、どうにか『彼女』に怪しまれず他の人間に協力を要請できないか思索を巡らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます