第21話

 さて、残された俺たちの方はどうしようかと、二人の方を振り向いたその時。


「あっ……」


 と、二宮が後方へふらついた。俺は咄嗟に手を伸ばして彼女の体を支える。


「――大丈夫か!?」

「う、うん……ちょっと、くらっとしただけ……」

「そうか……雨沢、俺は二宮を部屋へ送り届けてくるから、ここで待っててくれ。話したいことがある」

「話したいこと? 分かったよ」


 俺は二宮に肩を貸し、その場に雨沢を残して玄関からペンションに入った。すると、左手側にあるスタッフルームからオーナーが顔を出す。


「あの生徒さんたちはもう行ったのか?」

「はい」

「そうか……。にょげんさまの怒りを買わなければ良いんだが……こればかりは人間にはどうしようもない」

「……そうですね」


 もはや否定するのも億劫で俺は適当に話を合わせた。

 再びスタッフルームの方へ引っ込んでゆくオーナーを横目に、俺は二宮と共に階段に足をかける。そして、こっそりとポケットの中身を軽く確認した。


(檜垣先輩は何を渡してきたんだ?)


 ポケットに突っ込んだ指先には、二つの異なる感触が伝わってきた。

 一つは紙と思われる柔い感触、もう一つは金属的な固い感触――。

 とりあえず紙の方を引っ張り出してみると、それは折り畳まれたメモ用紙だった。


『履歴』


 開いたメモ用紙には、美しく整った字でそう書かれていた。


(――そうか! そういうことだったのか!)


 すぐに俺はその言葉の意味を理解した。

 そして、『予定外の殺人』という言葉の意味も、なぜ檜垣先輩が性急に下山を選択したのかも、これで全て理解できた。


 犯人は――電子首輪に記録される『履歴』の存在を失念していたのだ。


 俺も言われるまで忘れていたが、首輪には異能のロックのON/OFFが時刻と共に記録されている。南先輩と柊先生を殺した時、犯人が履歴のことを失念していたとするなら、被害者に異能で抵抗されないよう自分の異能のロックだけを解除していたはず。

 これはつまり、警察は個々人の首輪に記録された履歴を参照するだけで、誰が犯人なのか簡単に見分けられることを意味する。

 恐らく、犯人は既にそのことに気が付いている。

 警察が駆け付けてくる前に、どうにかして履歴を誤魔化さなくてはならない。

 そうして――『予定外の殺人』が企図されたというわけだ。

 倉庫にあった南先輩のバラバラ死体には、衣服などは欠片も混じっていなかった。つまり、それらを始末した際に南先輩の首輪も一緒に始末してしまったのだろう。だから、犯人は新たに誰かを殺し、その首輪と自分の首輪を付け替えるつもりだ。

 教職員証を盗み、俺たちの異能をロックしたのはそのための下準備。

 殺す時、異能で抵抗されないようにするための措置だ。

 ――檜垣先輩は、そう推理したに違いない。


(あの時、檜垣先輩が言ってた『シリアルナンバーの照合』はここにかかってくるのか) 


 なるほど確かに、シリアルナンバーの照合を怠ったことは相当な痛手だ。あそこで照合を済ませておけば、付け替えなんて簡便な手法で履歴を誤魔化すことはできなかった。

 いや、或いは考えようによっては英断だったのかもしれない。犯人が罪を隠蔽する手段を思い付けず、ヤケを起こしたらそこで全滅という未来もあったのだから。

 一旦、照合を行わなかったことの是非はさておくとして……。

 檜垣先輩は『予定外の殺人』を予期したからこそ、性急に下山を選択したのだろう。


(しかし……だとすると、檜垣先輩が北条先輩を下山組に受け入れたのは……)


 もしかして、檜垣先輩は俺と同じ人物を疑っているのだろうか。


 ――『彼女』のことを。


 あれこれ考えているうちに、俺たちは二宮の部屋の前に着いていた。


「二宮、部屋の戸締まりはしっかりしておけよ」

「うん……」

「タブレットはお前に預けておく。〔生成系クリエート〕の異能を持つお前は、俺たちの中で一番バラバラ殺人から遠いからな。雨沢も納得するだろう」


 二宮を元気づけるため、俺は威勢よく今後の予定を伝える。


「俺は、もう少し犯人に繋がる手がかりがないか探ってみる。不意打ちに成功すれば、いかに相手が覚醒者とはいえ何とか無力化できるかもしれないしな!」


 彼女の手前、「無力化」なんて生易しい言葉を使ったが、いざとなったら刺し違えることも厭わぬ覚悟だ。

 ゆめゆめ、優先順位を違えてはいけない。

 犯人の命よりも、俺の命よりも、俺には大切なものがあるのだから。


「無理だけはしないでね……? 透っちまで殺されちゃったら、あたし……」

「……大丈夫、無理なんてしないさ」


 彼女の心遣いが身に沁みる。


(次の殺人が起こってしまう前に、なんとか食い止めるんだ……)


 俺は改めて決意を固めた。


「二宮も、何か気付いたことがあったら遠慮なく言ってくれ」

「うん」

「それじゃあ――っと」


 別れ際、二宮から借りようとしていたものがあったことを思い出す。


「なあ、ヘアピンは持ってるか? 持ってたら貸してほしいんだが……」

「ヘアピン? 持ってるよ。だけど何に使うの?」

「実際にピッキングが可能なのかどうか自分でも試してみようと思ってな」


 そういうことなら、と二宮はケースに入った何十本ものヘアピンを丸ごと貸してくれた。


「折れても気にしないから。好きに使って」

「ありがとう。それじゃ」

「うん……それじゃあ」


 パタンと静かに閉められたドアの前で、俺は受け取ったケースを一旦懐に仕舞い込む。


(ピッキングの試行はいつでもできる……それより)


 俺はポケットに手を突っ込み、もう一つの金属的な固い感触を引っ張り出してみた。


(これは……鍵?)


 それは昨日、檜垣先輩がオーナーから受け取ったマスターキーのようだった。

 恐らく、ゴタゴタの中で返しそびれていたのだろう。


(『履歴』のメモはともかく、マスターキーをなぜ俺に……?)


 檜垣先輩の意図が読めない。

 少し考えて、柊先生の部屋は調べたが、南先輩の部屋は捜索のために少し入ったきりだったと思い出す。

 あの後は、確かオーナーによって再び施錠されたのだったか……?


(……行ってみよう)

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