第18話

 俺たちは二宮の部屋を後にし、食堂へ戻った。


(空気が重い……)


 暗号化されたダイイングメッセージの発見、教職員証の盗難、異能のロックと立て続けに起こった異変によって、内部犯への疑いはもはや確定的になりつつあった。

 それに伴い疑心暗鬼は深まる一方であり、食事の席も檜垣先輩と葛山先輩の二年生カップル、俺と雨沢と二宮の一年生組、残った北条先輩がポツンと一人といった感じで、示し合わせたわけでもないのにきっぱりとグループ分けがなされていた。


(本当に……内部犯なのか……?)


 疑いたくはないが、今日になってそうとしか思えないような出来事ばかりが続いている。

 そもそも事ここに至っては、昨日の俺がぶち上げた『容疑者X』なんてものが、現実逃避の入り混じった都合の良い願望だったことを素直に認めるべきだろう。

 現実を、直視する時が来たのかもしれない。


「生徒さんたち、朝食をおあがりよ」


 なぜかご満悦のオーナーが、優しげな声音で朝食を配膳してくれる。


「にょげんさまの怒りも、二人の尊い犠牲で少しは収まったことだろう。ささ、こんな時だからこそ、たーんと食わねば」


 本当、にょげんさまが絡まなければ、彼は不器用ながらも優しい普通の人なのに……。

 誰も声を出さない静かな空間で、俺たちはのろのろと朝食に手を付け始めた。

 まるで、弔事である。

 味の分からないパンを咀嚼しながら、俺はそう思った。

 檜垣先輩は無抵抗を決め込んでいるようだが、生憎と俺はそうするつもりはない。犯人を刺激したくないという意見には悔しいが同意するしかない。犯人にヤケを起こされて暴れられでもしたら、こちらの異能がロックされている以上、俺たちはロクに抵抗することもできず一瞬で全滅するだろう。無闇に犯人を刺激するような行動は避けた方が得策だ。

 だが……だからといって諦めるわけにはいかない。


(なぜなら、俺は死にたくもなければ……この中の誰にも死んでほしくないのだから)


 俺はさりげなく視線だけを動かし、食堂内の様子をつぶさに観察した。

 二宮は相変わらず調子が悪そうだ。雨沢はちらちらと何度も俺の方を窺ってくる。葛山先輩は精神的に参っているようで、隣の檜垣先輩が献身的に慰めの言葉を口にしている。そして――精神的に参っているといえば北条先輩だ。


「……だから……だし……」


 食堂に戻ってきてからというもの、あの人懐っこい笑顔はどこへやら、彼女は仏頂面でぶつぶつと独り言を呟き続けている。


(……内部犯の線で考えるなら、まず北条先輩を疑わなければならないだろう)


 北条先輩の金属を操る異能〔冶金スラグ〕はバラバラ殺人向きだし、殺されたのも彼女と関わりのある柊先生と南先輩だ。動機はいくらでも考えられる。そして、教職員証を盗む機会もあったし、タブレットも手元にあっていつでも操作できた。


(覚醒者である証拠がないというネックはあるが……それは今更、他も一緒だしな)


 その上、見るからに精神的に危うくなってきている。

 犯人でなくとも何を仕出かすか分かったものではなかった。

 その時、不意に静寂を裂いて北条先輩が叫んだ。


「――大丈夫! 私は大丈夫なんだよ!」

「ど、どうしたんですか……? 北条先輩」

「分かったんだよ。被害者――柊と南の共通点が!」


 呼び捨て……? 柊先生のことを北条先輩がどう呼んでいたかはうろ覚えだが、確か南先輩の方は「南ちゃん」と呼んでいたはずだ。

 しかし、それはさておき『共通点』とは興味深い話ではある。


「北条先輩、その共通点ってのは……?」

「それはね……二人とも自己チューのクズだってこと!」

「……はい?」


 自信満々な北条先輩に対し、俺含む聴衆の反応は極めて冷淡だった。

 遂にオーナーに続いてまた一人、気をやってしまったかと。

 しかし、北条先輩はそんな周りの視線に気付くことなく、更にボルテージを高めてゆく。


「南は言うまでもないし、柊もこのサマーキャンプを自分の趣味のためだけにこんなつまらない山奥にしたし、殺されてもしょうがない奴らだったんだよ!」

「……北条先輩、落ち着いてください」

「お前も南にはムカついてたでしょ!? あんなクズは殺されてもしょうがないんだよ! その点! 私は可愛いし、お前にも、誰にでも別け隔てなく優しいし、悪いことなんて何にもしてない! 恨まれるようなことなんてない! だから、大丈夫! 私が誰かに殺されるような理由なんて――なにっ、ひとつ! ないんだよ!」


 ぐわんぐわんと北条先輩の声が食堂に反響する。やがてそれが収まると、食堂全体がシーンと静まり返った。ここでようやく、北条先輩は俺たちの向ける冷ややかな視線に気付いたようだった。


「な、なに……? なんなの、その目はっ……!」

「北条先輩、少なくとも今の貴方は可愛くもなければ優しくも見えません」


 俺がそう言うと、北条先輩は喉の奥で声にならない声を上げ、目元に涙を浮かべながら食堂を飛び出していった。

 ドタドタとした足音が階段を上ってゆき、そしてバタンと途切れる。


(……未熟だ)


 北条先輩も……俺も、未熟だ。

 南先輩や柊先生を侮辱されたからといって、ただでさえ精神的に参っている北条先輩を殊更に追い込むようなことは言うべきじゃなかった。

 北条先輩は、自分のせいで南先輩が死んだかもしれないという罪悪感と、内部犯がいるかもしれないという疑心暗鬼によって、現実をまっすぐ見つめることができなくなっていたのだ。自分だけは殺されないだなんて、都合の良い現実逃避をするぐらいには。

 北条先輩が本当に必要としていたのは冷たく突き放すような言葉ではなく、昨日の雨沢が求めたような人肌の温もりだったはずだ。


(なのに、俺は……)


 北条先輩がいたテーブルの上には、食べかけの朝食が乗ったトレーがポツンと残されている。それは、まさに北条先輩の置かれていた精神的孤立を象徴しているかのようだった。

 厨房から出てきたオーナーが、そのトレーをひょいと持ち上げる。


「あの生徒さんの朝食は儂が運んでおこう」

「……お願いします」


 食堂を出てゆくオーナーの後ろ姿を見送り、俺たちは再びのろのろと朝食に手を付けた。

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