第14話

 資料などでごちゃついた柊先生の部屋を出て、檜垣先輩の部屋へと場所を移し、俺たちは再び話し合いを始めた。

 議題は、『異能のロックを解除すべきか否か』――。

 その中で争点となったのが、『犯人は内部犯か外部犯か』ということだった。

 場は、即座に二分された。


「オレは異能のロックを解除すべきだと思うぜ」

「俺も同意見です」

「ボクも、かな」


 檜垣先輩と俺、そして雨沢の解除賛成派と……。


「で、でもぉ……危ないんじゃぁ……」

「そうだよ、危ないよっ!」

「危ないの……かも?」


 葛山先輩、北条先輩、そして頭に疑問符を浮かべた二宮の解除反対派だ。

 意見が割れるのはごく自然なことだが、俺は二宮が反対派にいることが解せなかった。


「二宮、お前はそっちで良いのか? お前は『人影』を自分の目で見ているんだろう?」

「え、え……ごめん。ちょっと、状況に頭が追いついてないっていうか……」

「あー……そっか」


 二宮も、ギャルとはいえ一応は進学校である聖灘高校に入れているのだから、そこまで頭のデキは悪くないはずだ。しかし、やはり混乱して思考がこんがらがっているのだろう。そして、それは彼女以外の俺たちも同様のはずだ。


「――では、皆さん。まずは状況の整理から始めませんか?」


 この俺の提案はすんなりと受け入れられた。そして、言い出しっぺである俺が中心となって、これまでの情報を整理しつつ事件の流れを振り返ってゆく。


「当初、俺は柊先生と外部犯『容疑者X』を犯人ではないかと推理しました。この推理は、二宮の目撃証言を根拠としています」


 俺は、食堂で聞いた『人影』の話を皆にもしっかりと共有して、それから続けた。


「二宮の見た『人影』は長髪でした。二宮が悲鳴を上げた時、ペンション内にいなかった長髪の人間は、柊先生と外見情報のない外部犯『容疑者X』だけです。この推理を【外部犯説】とでも呼びましょうか。しかし、柊先生の部屋からピッキングらしき鍵穴の引っ掻き傷と、タブレット・教職員証が見つかったことで状況が変わりました」


 ここで一呼吸入れ、皆の理解を待ってから俺は次の言葉を発した。


「ペンション内にタブレットと教職員証があったという事実は、誰にでもそれを触ることができ、自由に異能を行使できた可能性を示しています。そして、柊先生の部屋にあった鍵穴の引っ掻き傷、そのドアが施錠されていなかったこと、更に言えばさっきの【外部犯説】ですっかり存在を無視されていた電話線の切断……これらの情報をもとに、葛山先輩と北条先輩は内部犯を疑っているのでしょう。こちらの推理は【内部犯説】とでも呼びましょうか」

「え……じゃ、じゃあ……異能のロックを解除なんてしたら、内部犯だった時に……」


 俺は、二宮の疑問と懸念を肯定した。


「そうだ。犯人も異能を使えるようになってしまう。だからこそ、葛山先輩と北条先輩は異能のロックを解除することに反対しているわけです」


 しかし――と、俺は続ける。


「まだ内部犯と決まったわけではありません。【内部犯説】を根底から否定するような根拠もあります。その一つが、二宮の見た『人影』です」

「そ、そんな、人影くらい、犯人が異能を使えたとするならどうとでもなるでしょぉ!?」


 葛山先輩の反論はもっともだが、再反論は容易だ。


「ではここで、一度俺たちの異能を振り返ってみましょう。――檜垣先輩」

「おう」


 檜垣先輩は、柊先生の部屋から拝借しておいた生徒資料を皆の前に提出した。


   ◇


念動系サイコキネシス

 雨沢あまさわしずく 〔スルース

 水を操る。ただし、純水は無理。


 檜垣ひがきかける 〔炬火トーチ

 熱を操る。ライター以下の火力。


 葛山かつらやまひとみ 〔直行植物ヤ=テ=ベオ

 植物を操る。植物由来の物質も多少は操作可。


 北条ほうじょうかおる 〔冶金スラグ

 金属を操る。鉛の操作がもっとも得意。


 ひいらぎ詩織しおり 〔ブロワ

 風を操る。夏は涼しく、虫除けに便利。


生成系クリエート

 二宮にのみやはあと 〔氷州石カルサイト

 無から方解石を生み出す。掌からしか出せない。


精神感応系テレパシー

 高梨たかなしみなみ 〔精神統宰インデュース

 何かに意識を向けさせたり、逆に逸らしたりできる。持続時間は数秒。


転移系テレポート

 空理くうりとおる 〔虚跳スキンダイヴ

 触れているもの(自分含む)を半径5メートル内に転移させる。転移先には注意が必要。


〔その他〕

 きし武徳たけのり ペンションのオーナー

 無能力者


   ◇


 異能は系統別に分類されており、もっともメジャーな〔念動系サイコキネシス〕が全体の八割を占める。

 残りの二割に犇めく雑多な系統を『希少系統エクセプショナル』と呼ぶ。二宮の〔生成系クリエート〕や南先輩の〔精神感応系テレパシー〕、俺の〔転移系テレポート〕がそれに該当する。

 俺は、皆が資料を読み終わったタイミングを見計らって口を開いた。


「覚えていますか? 死体の凄まじく執拗な損壊具合からすると、犯人は覚醒者である可能性が高いという話を。でも、見てください、この生徒資料には覚醒者が俺たちの中にいるだなんてことは記されていません。――まあ、当たり前ですけれどね」


 覚醒者と認定された未成年は、異能研究センター付属の学校へ通い、異能研究に協力しなければならないと法で定められている。普通の学校には、普通は覚醒者はいない。


「で、でもぉ……それは『異能の性質』が殺人向きじゃない場合の話じゃないのぉ?」

「そうですね」


 例えば、仮に人体を破裂させる異能なんてものがあったとしたら、覚醒者でなくとも少ない労で人をミンチにすることができるだろう。

 しかし、その可能性もない。


「資料の中で今回のバラバラ殺人向きの異能をリストアップすると、金属を操る北条先輩の〔冶金スラグ〕、水を操る雨沢の〔スルース〕、そして〔転移系テレポート〕の異能である俺の〔虚跳スキンダイヴ〕がそれに当たると思います」


 熱を操る檜垣先輩の〔炬火トーチ〕と、〔生成系クリエート〕の異能である二宮の〔氷州石カルサイト〕は、異能の性質からしてバラバラ殺人とは程遠いため細かい説明を省く。

 そして、葛山先輩自身の〔直行植物ヤ=テ=ベオ〕の説明も省く。


「ですが、そのいずれの人物にも犯行は不可能なのです」


 順を追って説明しよう。


「まず北条先輩から。彼女は金属を操るという実にバラバラ殺人に向いた異能を持っていますが、それで死体の方は用意できても、人影の方はどうにもならないでしょう。悲鳴が上がった時、彼女は食堂にいましたから、本人が人影を演じたというわけでもない」

「……そもそも、気合を入れて骨の一本でも断てばそれで息切れだけどね……」


 北条先輩は、すっかり憔悴した様子で俺の説明を肯定した。見るも不憫だが、今は慰めている暇はない。

 次は雨沢。


「雨沢は水を操る異能を持っています。北条先輩と違い、その異能なら『人影』の方は簡単に用意できるかもしれません。ですが、解体は不可能です」

「そうだね。覚醒者ならともかく、水を操って人間をミンチにするなんて無理かな。鋸なんかの道具を使えばできるかもしれないけど、それは他の人も一緒だよね?」


 そして、最後に俺。


「で、俺ですが……まあ、俺の異能なら部位ごとに転移させることで簡単に解体できるし、人影の方も用意できるでしょうね。……死ぬほど疲れるでしょうが」

「え、えぇ……!?」


 葛山先輩が自分の体を抱きしめて震え上がる。その大袈裟なリアクションに苦笑しつつ、俺は「まあ、聞いてください」と続けた。


「南先輩がいなくなったBBQ中、俺は檜垣先輩と共にずっと広場にいましたよね?」


 BBQ中、何人かの生徒がペンションに戻っている。ある者は食後の飲み薬を取りに、ある者は用を足しに。だが、俺と檜垣先輩の二人だけは一度もペンションに戻っていなかった。つまり、南先輩が姿を消した時、俺にはアリバイがあるのだ。

 しかし、葛山先輩はすぐさま別の可能性を提示する。


「それは……被害者をあらかじめ別のトコに呼び出しとけば良いだけじゃぁ? 或いは先に殺害だけ済ませとくとかぁ……それで捜索中に殺したり解体したりした……とかぁ!」


 なるほど、確かにそれなら俺にも南先輩の殺害と解体は可能だった。

 俺はちょっぴり葛山先輩に感心した。タブレットのことを言い出したのもそうだが、葛山先輩はネガティブ志向が過ぎるだけで、地頭は結構良い方なのかもしれない。

 しかし、それにも反論はできる。


「それなら『人影』の方はどう説明します? さっきも言ったように、俺の異能なら人影を用意することができるでしょう。自分で演じるなり、人形を用意して操るなりすれば。しかし、ペンションに戻ってから二宮の悲鳴が上がるまでの間、俺はずっと食堂にいましたよね。檜垣先輩と――そして、他ならぬ貴方と一緒に」


 つまり、俺には人影を操作したり、また自ら演じる隙などなかったのだ。


「オレは透の言葉を信じるぜ」


 ここで横合いから檜垣先輩が援護射撃をくれる。


「確かに、透の異能なら覚醒の必要もなく犯行は可能だった。だが、今のところ透を疑うに足る合理的な根拠は何もねえ。南センパイの捜索中を除き、ずっと一緒にいたオレが言うんだから間違いねえ。それに覚醒者がいないと分かった以上、他のやつを内部犯と疑う根拠もねえ」


 彼は堂々とした口調で続ける。


「それに……瞳よ、オレたちはずっと食堂にいたろ? なら、階段を下りてくる奴がいたら窓から見えたはずだ。けど、そんなやつは悲鳴の直前に下りてきた北条センパイしかいなかった。もしかしたら、あの鍵穴の傷も元からあったものかもしれないぜ?」


 その言葉を受けて、徐々に場から疑心暗鬼の色が薄れてゆく。

 しかし、葛山先輩だけは今更引っ込みがつかないといった様子だった。


「そうは言うけどぉ……もし誰かが覚醒を隠してたりとかしたらぁ……」

「……瞳、だからそれを言ったらもう何でもアリだろ」


 檜垣先輩が呆れたように突っ込みを入れる。

 誰かが覚醒を隠している――その可能性は決してゼロではない。

 だが、今のところは証拠も何も存在していないのだ。確たる証拠もなく互いを疑い合えば、俺たちは疑心暗鬼に陥って犯人の手を借りるまでもなく自滅するだろう。檜垣先輩の指摘はもっともだ。それを理解したのか、葛山先輩は押し黙る。

 どうやら、反論は出尽くしたようだ。


「そちらからもう特に反論がないのであれば、【外部犯説】を基調として異能のロックを解除し、襲い来る犯人を迎え撃つ方向で話を進めたいのですが……よろしいですか?」

「でも、でも、でもでもぉ……!」


 葛山先輩がなおも食い下がってくる。

 だが、そこに当初の勢いはなく、さながら残り火が燻るような物言いに留まった。


「戦うなんて無理だよぉ……警察とか、自衛隊の仕事でしょぉ……?」

「そうは言いますけど、無抵抗のまま犯人に殺されても良いのですか」


 葛山先輩は、何も言わなかった。

 場に重苦しい沈黙が訪れる。


「……おう、話は決まりだな。異能のロックは解除する!」


 重苦しい雰囲気を払拭しようとしたのか、檜垣先輩が気持ち明るい声音で言う。


「とにかく、皆で生き残るためにやるだけやってみようじゃねえか!」


 その言葉に俺も便乗した。


「そうですよ。それに安心してください。この中で敵を確実に仕留められそうな異能は俺の〔虚跳スキンダイヴ〕だけでしょうから、皆さんは時間稼ぎに専念してくれればいいです。その間に、俺がきっとなんとかしてみせますから」


 皆を勇気付けようとしたこの発言は、今ひとつウケが悪かった。確実に仕留められる異能は俺の〔虚跳スキンダイヴ〕だけ、と聞こえの悪い現実をハッキリ突きつけたのが不味かったのかもしれない。

 一段と重く沈んでしまった場の空気を感じながら、俺は一人頭を抱えた。

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