第13話

 夕食を終えた俺たちは気の狂ったオーナーを外し、生徒だけで今後のことを話し合うことにした。

 皆の集まりを待っている時、出し抜けに雨沢が声をかけてくる。


「キミ、大丈夫かい?」

「……俺か?」


 聞き返すと、雨沢は嗜虐的な笑みを浮かべる。


「だって、キミはホラーとか苦手なんだろう? あんな話を聞かされたら怖くて正気ではいられないんじゃないかと思ってね」


 俺は思わず頭を抱えた。なんで友達のいない雨沢にまで、そのことが伝わっているんだ。

 一体、誰だ? ところかまわず、俺の弱点を喧伝しまくってる馬鹿野郎は。

 何か言い返してやろうかとも思ったが……やめた。

 からかうような笑みとは裏腹に、雨沢の両目からは隠しきれないほどの怯えと優しさが滲んでいたからだ。恐らく、これは彼女なりの気遣いなのだろう。捻くれものめ。


「心配しなくても大丈夫だ。恐怖はあるが、皆がいるおかげでまだ正気を保てているよ」

「それなら……良いんだけど」


 そして、皆が集まり終わったところで話し合いが始まった。

 俺は、犯人が襲撃してきた場合に備えて食堂をバリケード化し、徹底抗戦の構えを取るべきだと主張した。だが、賛同してくれたのは檜垣先輩だけで、女性陣の反応は芳しくなかった。

 反対派の急先鋒は葛山先輩だった。


「無理だよぉ……! こっちは異能も使えないのに……勝てっこないよぉ……!」


 やってみなくちゃ分からないと俺は反論したが、葛山先輩の意見は変わらなかった。


「だって――犯人は【覚醒者】なんでしょぉ!?」


 その言葉に他の皆も同調し、彼女たちは早々に降参ムードを漂わせていた。特に、葛山先輩なんかは「立ち向かう」という発想自体がそもそも埒外といった態度だった。


「ね、ねぇ、逃げちゃ駄目なのぉ……? 二人で逃げようよぉ、翔ちゃん……!」

「……瞳。この夜、このどしゃぶりの雨の中、この山奥からどこへどう逃げるってんだ? 外にはまだ南センパイを殺した犯人がうろついてるかもしれねえ。そこへ、のこのこ少人数で出ていったりなんかしたら格好の餌食だぞ」

「う、うぅ……」


 檜垣先輩に言い込められ、葛山先輩は黙りこくった。

 情けない――だが、同時に仕方のないことだとも思う。

 先程も葛山先輩が口にしていたが、南先輩の執拗なまでの死体の損壊具合からすると、犯人はただの異能者ではなく、覚醒者である可能性が高い。そのことが、やはり葛山先輩だけでなく皆の心に暗い影を落としているのだろう。

 宇宙の真理が未だ解明されていないように、異能の世界にも未知が残されている。

 その一つが【覚醒者】という存在だ。

 異能者の0・001%――十万人に一人、それが覚醒者の割合だ。彼らも、元々は俺たちと同じ普通の異能者だった。しかし、ある日突然、何らかの要因によって新たな段階ステージへと至るのである。

 曰く、その瞬間には「蒙を啓いた」ような感覚があるのだとか。

 ゆえに、彼らは覚醒めざめたもの――覚醒者と呼ばれている。

 彼らは特別だ。普通、異能の行使に際しては体力という限界がある。例えるなら、無呼吸で全力疾走した後にも似た疲労が、異能を行使する度に俺たちの身体にのしかかる。

 ――だが、覚醒者は違う。

 無尽蔵のスタミナ、桁違いの出力、針の穴を通すような正確無比な異能操作――ありとあらゆる全てのパフォーマンスが普通の異能者とは一線を画する。

 そのため、世間には覚醒者こそが〝真の異能者〟だとする声も大きい。

 つまり、南先輩の死体をミンチになるまで損壊できたのは、犯人がそうするだけの余裕がある覚醒者だったから、と俺たちは推理したわけだ。

 皆の萎縮も理解できる。

 覚醒者は、俺たち普通の異能者からしてみれば雲の上の存在。劣等感とまでは言わずとも、自然と見上げてしまう相手だ。しかも、そんな覚醒者がこちらに殺意を持っているかもしれないというのに、こちらは異能をロックされて使えないとくれば、敗北主義的な思考に陥ってしまっても無理はない。

 だが、いかに覚醒者といえども俺たちと同じ血の通った人間だ。心臓を刺されれば死ぬし、頭を銃で撃ち抜かれても死ぬ。ならば、工夫次第でやりようもあるはずだ。

 そう思って皆に発破をかけようとしたその時、「あ、あの……」と控えめな声が上がる。


「異能で思い出したんだけどぉ……『タブレット』って今、どこにあるのかなぁ?」

「瞳。それって柊先生が持ってたヤツのことか?」

「う、うん」


 葛山先輩はコクンと頷き続ける。


「ほら、翔ちゃんも思い出してよぉ……。BBQ中の柊先生は手元にタブレットを置いてたけどぉ、祠へ向かった時は持ってなかった気がしない……?」


 葛山先輩の言葉を聞いて、俺もBBQ中の柊先生を思い出す。


(タブレットって、確かあの時……)


 火起こしの際、柊先生はタブレットを持っていたはずだ。俺たちは、柊先生がタブレットを操作し、異能のロックを解除するところをこの目でしかと見ている。

 だが、祠へ荷物を取りに行った時はどうだろうか?


「持っていなかった……気がする」


 俺がそう呟くと、場の空気が徐々に色めきだつのを感じた。

 これは僥倖だ。もしかしたら、武器異能が手に入るかもしれない。


「――生徒さんたち、消灯だ。さっさと部屋に戻りなさい」


 ぶすっとした顔のオーナーが食堂の入り口に立っていた。水を差すようなタイミングでの登場だったが、檜垣先輩はちっとも気にした様子を見せず勢いよく立ち上がった。


「オーナー、マスターキーを貸してくれ! 柊先生の部屋を漁りたい。緊急時だから許してくれるよな?」

「……ああ、良いだろう。好きにしろ」


 オーナーは檜垣先輩にマスターキーを投げ渡し、食堂の照明を落とした。


「畏れ、敬い、そして祈れ。さすれば我らは救われん。――くっ、くけけけけ!」


 ペンション中に響き渡る奇っ怪な笑い声を聞き流しながら、俺たちは階段を上った。

 裏口側、西端に位置する角部屋が柊先生の部屋だ。

 先陣を切る檜垣先輩が、躊躇なく柊先生の部屋の鍵穴にマスターキーを差し込む。だが、彼はそこで不意にピタリと動作を停止させた。


「おい、見ろよ……」


 何事かと檜垣先輩の指し示す『鍵穴』を覗き込む。すると――。


「……傷がある」


 鍵穴には、普通ならばありえないほどの無数の引っ掻き傷が残されていた。


「こ、これって……まさか、ピッキング!?」


 北条先輩が怯えたように叫ぶ。

 まさかだろうと否定したかったが、この状況で他の可能性は思いつかなかった。鍵も古そうなシリンダー錠だし、ヘアピンや針金なんかで簡単にピッキングできてしまうだろう。

 檜垣先輩はマスターキーを回さず、おもむろにドアノブへと手を伸ばした。


「――やられたぜ」


 ドアノブはつっかえることなく回り、ドアは音もなく開いた。

 鍵は、開いていたのだ。

 雑多な荷物や資料が散乱する部屋の中、目的のタブレットは各部屋に一つずつある小さなテーブルの上に鎮座していた。まるで、さもそうあることが当然であるかのように。

 檜垣先輩がタブレットを手に取り、管理ソフトを立ち上げる。すると、無機質なログイン画面が現れ、パスワードの入力を求められた。


「BBQの時、確かセンセーは教職員証の裏を見ながら入力してたよな?」


 教職員証はタブレットと一緒にテーブルの上に置かれていた。

 その教職員証の裏面を確認すると、『教員ID』が書かれているのを見付けた。


「檜垣先輩。もしかすると、この教員IDがパスワードになっているんじゃないですか?」

「……やってみるか」


 檜垣先輩は、半角英数大小まじりの長ったらしい教員IDを慎重に入力し、ログインボタンを押す。すると、画面がパッと切り替わった。


「おっ、入れたぞ!」


 管理ソフトには、電子首輪のシリアルナンバーがリストになって表示されていた。檜垣先輩は上から下までゆっくりと画面をスクロールさせ、全員の首輪がロック状態であることを確認してゆく。俺たちは、その様子を彼の肩越しに固唾を呑んで見守った。


「……おし、全部ロック状態だったな」

「ね、ねぇ、翔ちゃん……どうして今、ロック状態の確認なんかしたのぉ……?」


 葛山先輩がその疑問を口にした瞬間、皆の間に緊張が走ったのが分かった。檜垣先輩が「そりゃあ……」と言い淀むと、葛山先輩はヒステリックな叫び声を上げた。


「ま、まさか……わたしたちの中に犯人がいるって疑ってるのぉ!?」


 彼女の声が呼び水となり一気に場が騒然となる。

 慌てて、檜垣先輩が声を張り上げて事態の収集をはかった。


「――オメェら落ち着け! 確かに、オレは内部犯を想定してロックを確認した。一応な。だが、この通り誰の異能も解除されちゃいなかっただろ!? 落ち着けよ!」

「で、でも、タブレットはずっとここにあったわけだしぃ……電話線は切られてたしぃ、ピッキングの痕跡もあったしぃ……! や、やっぱり犯人はこの中にいるんじゃ……!」


 葛山先輩め、いたずらに恐怖を煽るような物言いばかりしやがって。

 瞬く間に疑心暗鬼が広がってゆく光景を目の前にして、堪らず俺も声を上げようとした。だが、その時には既に檜垣先輩が先に動き出していた。彼は「パン、パン!」と二度、強く手を打ち鳴らした。


「瞳。少し静かに」

「うぅっ……わ、わかった……」

「皆、よく聞け! 今が決断の時だ!」


 場の注意を一手に引き受け、檜垣先輩は皆を奮い立たせるように猛々しく宣言した。


「異能のロックを解除するかどうか、オレたちはここで決めておく必要がある!」

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