第9話
不審に思った俺と北条先輩は、BBQの片付けを他に任せて南先輩の部屋を訪ねてみることにした。
実は、雨沢が広場に出てきた後くらいにも一度、心配した北条先輩が南先輩の部屋を訪ねている。だが、ノックをして呼びかけてみても、何も返事はなかったという。
「それで、私……南ちゃんが怒ってるのかなと思って……」
「怒ってる?」
「うん……」
北条先輩は、南先輩を怒らせてしまった心当たりがあるらしく、その時はすぐに引き下がったそうだ。
俺の部屋の向かいにある南先輩の部屋の前に立ち、俺は強めにドアをノックしつつその向こうへ呼びかける。
「南先輩ー! いないんですかー?」
返事はない。それどころか、鍵のかかった部屋からは物音一つ聞こえてこなかった。
俺は北条先輩と顔を見合わせる。
目は口ほどに物を言う。彼女の目は、ひとところには定まらず、常にあちこちを忙しなく泳ぎ回っていた。きっと、俺の目も似たような感じだろう。
その後、オーナーに頼んでマスターキーで南先輩の部屋の鍵を開けてもらった。
だが、そこに南先輩の姿はなく、蛻の殻だった。
先程まであれほど晴れ渡っていた頭上に、いつの間にか分厚い暗雲が立ちこめている。
「おーい、南先輩! どこですかー! 聞こえているなら返事をしてくださーい!」
外へ出て声の限り叫んでみても、返ってくるのは山彦の声だけだ。
南先輩がペンションの中に入っていったところは、俺と北条先輩が目撃している。そして、正面玄関の前にある広場では俺たちがずっとBBQをしていた。南先輩が正面玄関から出てきたのなら、雨沢が出てきた時のようにすぐに誰かが気付いたはずだ。
つまり、南先輩は裏口からペンションを出てどこかへ行ったとしか考えられない。
(なぜ?)
北条先輩の話では、ペンション前の広場でBBQをやることは南先輩もちゃんと知っていたはずだ。たかだか着替えをするために裏口から出入りする必要なんてない。
(南先輩はどこに行ったんだ……まさか――いや、そんな――)
嫌な想像ばかりが頭を駆け巡り、自然と歩調が早くなった。
そうして辺りをざっと一周したが、何ら収穫を得られず俺は途方に暮れた。
更にそこへ、追い打ちをかけるように小雨が降り出す。
「――皆、集まって!」
柊先生が、南先輩の捜索に出ていた俺たち生徒をペンション前の広場に集めた。
失踪した南先輩と、部屋で寝込んでいる二宮以外の生徒全員が揃っていることを確認して、柊先生は厳かに口を開く。
「最悪のケースを想定しなくちゃいけないわ。南さんは遭難したのよ。オーナーの人も言ってたけど、恐らくどこかから滑落したんだと思う。急いで探してあげたいけど……見て、この雨はどんどん強くなってゆきそうよ」
柊先生の指さす曇天の空は、今後も暫く雨模様が続くことを告げていた。
「幸いなことに今は夏だし、雨のおかげで水もある。そうそう死にはしないわ」
滑落時に即死しているケースを考えさせないようにか、柊先生は南先輩が生きていることを前提に希望的観測を語った。
「だから、私たちは二次遭難だけは絶対に避けなくちゃいけない。先生には監督責任があるから、これ以上皆に捜索させるわけにはいかないわ。皆はペンションの中で待機してて」
「先生は……どうするんですか?」
俺が訊ねると、柊先生はちらっと腕時計を見た。
「もう午後四時近くよ。雨が本降りになる前に、そして辺りが完全に暗くなる前に、祠に置いてきた荷物を回収してこようと思ってる。そのついでに祠の方をざっと見てくるわ。もしかしたら、そっちの方に南さんが迷い込んでるかもしれないから」
俺たちは柊先生の指示に従い、ぞろぞろとペンションへ戻った。そのまま何人かは二階へ上がっていったが、俺は狭苦しいペンションの一室では気が休まらないだろうと思い、いくらか広い食堂へ向かった。
俺の他に食堂へ行くことを選んだのは、二年生カップルの檜垣先輩と葛山先輩の二人。俺たちは、夕食が出来上がるのを少し離れた席に座って無言で待った。
暫くすると、隣接する厨房から良い匂いが漂ってきたが、この状況では少しも食欲が湧かなかった。
「よお」
顔を上げると、檜垣先輩が向こうのテーブルに葛山先輩を残して、一人で俺のもとへやって来ていた。
「まさか、こんなことになっちまうとはな」
「……ええ」
「そう、暗い顔すんな!」
バシン、と檜垣先輩が俺の肩を強めに叩く。
「透、つったか? いなくなった奴とは知り合いなんだってな」
「はい……」
「不安なのは分かるけどよ、このペンションにはオレとオメェの二人しか若い男がいねえ。ここは文明から隔離された陸の孤島。ミステリ風に言やあ、クローズドサークルだぜ? 前時代的な思想かもしれねえが、オレたちがしっかりしなくてどうするよ」
それは俺を励ますようで、彼が自分自身を鼓舞する言葉のようにも聞こえた。
(不安なのはお互い様……か)
であれば、返事は決まっていた。俺はできるだけハッキリとした声で、「そうですね!」と力強く同意してみせた。こんな非常時は互いに励まし合ってゆくしかない。
俺たちはふっと笑い合い、どちらからともなく拳と拳を突き合わせた。
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